第16話 お入学

 二人を女子寮に送って行き、六人を呼んでもらって、お土産の銀塊とお小遣い十金を渡す。

 全員学業は順調だそうだ。平の上女中では役不足になるんじゃなかろうか。


 寄り道をしてきたので、兄上も帰宅されていた。一回り大きな銀塊が出たのは家に伝わっていたので、お土産を配布する。

 姉上が大人しい。何か悪い事でも起きなければ良いが。

 起きる恐れがある事が起きないのもフラグと言うべきか、特に何事もなく無事に新年を迎えた。

 この世界では新年の行事がない。十月の次が一月なだけ。

 それでも一月に始まるものも多い。学校関係は全て一月始まりだ。


 お入学式である。下士官養成所の所長は中将格の元王宮警備軍副将で、近衛軍司令閣下をレベルダウンさせたような人だった。

 来賓の各軍の副将の訓示が終わって、組み分けになった。まず士官学校進学組と卒業後就職組に分かれる。

 吾は小隊指揮を学べれば良いので、卒業後就職組を希望した。すでに中佐格の六位の上なので、迷惑な話である。


 周りは実力で成り上がりたい貧乏貴族の子や、人並み以上の討伐人の子で、全員合格時に支給される制服の長ワンピースを着ているのに、一人だけ水属性の大蛇の革鎧を装備している。

 更に鋼銀の伸気剣と伸突剣の二本差し。両手の指十本に理力の指輪、おでこには知力、防御力、攻撃力が上がる勇将の額冠が張り付いている。

 安全確保である。周囲はやる気が空回りする恐れのある子供なので、不測の事態が起きる可能性がなくはない。

 どうせなら思い切り行ったほうが良いと言う事で、お祭りの日の象さんみたいになっている。


 卒業後就職組は更に軍への入隊希望者と自営組に別れる。民間人で我流や親から受けた教育以上の戦闘知識を望む者も少なくない。

 この養成所自体が、名前は下士官養成所だが民間人の戦力の底上げも目的としている。

 同じ場所で学んだ能力の高い民間の討伐人や採集人と、軍の繋がりも出来る。

 自営組と教室に入る。担当教官は九位の上の女の准尉だった。軍曹辺りだと思っていた。

 この組では実戦を多く取り入れた戦闘訓練、野営の知識と実戦、少人数の指揮を教える事と、明日から従者のいる者は連れて来て良い事、寮での諸注意を説明されて今日は終了した。


 根性のありそうな、この組の中では小柄な男の子が近付いて来た。


「なんて呼びゃあいい? うっかりなんか言って、手打ちとかは勘弁願いてえ」


 いや、それならこの時点で手打ちだぞ。


「同学を手打ちはなかろう。名は藍玉だ。同じ組の者に、その都度近衛軍調達師長殿などど呼ばれたら叶わん」

「藍玉様でいいのか。こっちは巧瞬狐コウシュンコ。親父は討伐人だがお袋は採集人で、授かりの術技は採集だ。武人じゃねえが斥候ならやれるぜ」


 パーティ加入の売り込みか。


「うむ、頼む。無生物を探知する術技のせいなのか、生物の探知が出来ない。こちらに向けている敵意などは判るのだが」

「そんなのってあるのか。やっぱどっか、しわ寄せみてえのが」

「近衛軍調達師長殿はまだおいでか」


 巧瞬狐の台詞の途中で力強い女の声が割り込んだ。


「おります」

「進学組三年の者であります。お願いあって参上いたしました」


 背が高くて見たような顔だった。


「北門守護将閣下のお血筋の方でしょうか」

「はい! 次姉の孫に当たります」


 いきなり来たよ。美人だけど明らかに武人な人はごめんなさい。


「ご用向きはなんでしょう」

「明日からの野営訓練に、我々の組にご参加頂けないでしょうか。こちらは森の入り口で初歩の訓練と聞きました」

「そちらは何処に行かれます」

「真北の魔窟です。銀塊を採掘するようになって、あの周辺の魔物が定期的に討伐されて弱体化致しました。調達師長殿のご修行には宜しいのではないかとの教官の判断です」


 確かにそうなんだが。


「明日となると、添い寝役の都合が判りません」

「それはこちらの者にお申し付け頂けないでしょうか。添い寝役のお二人は文人で、何れ家守の役を仰せ付かると聞いております」

「そうなのですが」

「けして名を覚えて頂こうなどとは思っておりません」


 だから名乗らなかったのか。


「それで宜しければ、お願いします」

「有り難う御座います! では組にいらして、二人お選び下さい」


 まだ昼下がりではないけど。

 連れて行かれた進学組で、斥候の二人を選んだ。鋼の剣しか持っていなかったので、組めるのがいたら上げようと思って持っていた銀の伸突剣を上げる。

 思い切り感動された。装備の質について、感覚が麻痺していた。

 かなり銀製は増えたはずなんだが、まだ養成所の学生までは回ってこないようだ。

  

 養成所の周囲には、寮に入りたくない上位貴族や地方領主の子のために小屋敷が幾つもあり、その一つを借りて、八人に管理させている。

 帰って真北の魔窟に変更になったのと、連れて行けないのを祥泉と佳楊に話した。 

 森の入り口なら装備でごり押し出来るが、魔窟付近は何が起きるか判らなくて怖い。ただの訓練に軍の増援を頼める訳もなし。

 お屋敷をお守りしてお帰りをお待ちします、とあっさり承知されて、ちょっと悲しかったり。


 一月足らず振りの真北の魔窟は、入り口に恒久的な野営地が出来ていた。

 採掘人をずっと入れて掘っているそうだ。まだ広場を一回掘りきれていない。

 先にテントを設営してから、魔窟の生えている段差を迂回して北西に行ってみた。

 魔物はネズミ程度しか出て来ない。野営地の軍は篭城している訳ではない。

 雨季の討伐の後に定期的に間引かれて、大物はこの辺りに近寄らなくなってしまったようだ。

 ネズミも見当たらなくなったので、少し探索したら、それなりの死骸の反応がある。

 掘ってもらったら大きな鳥の足の骨が出た。収納。【風属性赤班鷹セキハンヨウの右足の白骨】


「赤班鷹の右足です。この大きさでタカなんですか」

「赤班鷹の爪は銀よりは良質で飛斬刀になるのですが、鋼銀には及びませんので、大きさに関係なくタカです」

「そうなんですか。足は二本あるはず」


 少し離れた所に、片足の体があった。これで飛斬刀二本分。深追いしないで明日早目に出る事にした。

 それなりの素材が出るのを北門に連絡すると、増援が来る手筈になった。

 増援は午後に到着するので、午前中は危険の少ない西側を探索した。

 一本ずづの牙や爪の他に、大蛇一匹分の骨と皮が見付かった。雨季に南下して来て喧嘩した負け組らしい。

 凶暴化しているので、殺し合いをして勝つと食わずに行ってしまうのもそこそこいるそうだ。

 後でネズミが肉だけ綺麗に食べる。痛んではいたが鎧二人分取れる皮が残っていた。


 昼前に野営地に戻ると、増援は到着していた。増援部隊の隊長は現在連隊長の、守護将閣下の継嗣殿だった。北門の本気度が半端ではない。

 昼食を済ませたら残業開始。

 トカゲとヘビが多い。哺乳類は討ち取られるところまで南下する者が多いそうだ。

 ヘビは水属性で、歯が揃っていれば鋼銀同等の刃渡り五指の曲刀が一振り出来る。

 トカゲは地属性。普段は穴の中で暮らしているのか。

 森の奥に大きな湖がある。ここからなら足が速ければ一日で湖まで行って帰って来れるらしい。

 水属性の鷲が棲んでいて足の爪は飛斬刀になるそうな。


 これから少しずつ気温が上がって行くので、湖まで今の戦力なら危険なく行けるらしい。武器が良くなったのも安心材料。去年までとは違う。

 大勢で押し掛ければ鷲は逃げるが、湖畔を探せば死体は見付かるはず。

 水属性の飛斬刀は手に入れるのが難しいので、過去にも雨季の後気温が高かった時に狩りに行っている。

 狙た死体がなくても、ヘビやトカゲを例年通り狩るだけでも儲けになる。

 去年までは気温の上がりきる三月にやる行事だったのだが、前倒しで行われる次第である。


 途中の探索は行わず、一気に湖まで押し掛けた。 百人の武人の群れを見て翼長五腕ある鷲が逃げて行く。

 手鉤の付いた板を太い縄の先に付けて、湖に投げ込んでばたばたすると、水中から爬虫類頭が喰い付いた。

 一気に陸に引き上げられたのは全長二十腕の大蛇だった。継嗣殿が鋼銀の伸突剣で頭を突き刺して一撃で仕留めた。


「水中から飛び出して襲って来るので、先に仕留めておかないと周囲の森に入れません。事程左様に呆気なく仕留められますのも、鋼銀の武器のお陰です」


 守護将閣下の継嗣殿でも、嬉しい業物のようだ。

 安全になってから森の中を探索する。一度も掘られていないので鷲の骨もトカゲの骨も簡単に出て来た。

 珍しいのは一角山羊の角。火属性で普段から凶暴で、雨季に降りてきてしまうとレイド戦になる魔獣だった。

 角は伸突と飛突が出来る槍になる。

 上々の首尾にてお昼を食べて帰ろうとしたら、継嗣殿がとんでもない事をおっしゃる。


「ここで野営は危険か?」

「無理ですね」


 副官が即座に否定してくれて帰投した。

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