第11話 それぞれの戦場

 中町の装飾品店の倉庫も開けさせて、死蔵品の中から良品が大量に見つかった。

 下町の道具屋はどうだか判らないが、高級店にとっては駄目な物だと判れば処分して地金にしてしまえるので、在庫を抱えないで済む。

 倉庫代がばかにならないのは、この世界でも同じだ。


 兄上と郎党全員に気身刀を二振り持たせて、霊気量を増やす金装備を三つ装備させた。他の効果の装備もあるのでこれがベスト。

 気身刀は刃毀れの恐れが少ないし、この装備ならガス欠にもなりにくい。

 人事は尽くした。


「父上と母上の長子であるのに、自分は賢くない。強く有らねば、生きている価値も無い」


 そんな台詞を残して、兄上は出陣して行った。雰囲気に飲まれて、開いた手金庫を一箱渡してしまった。

 毎年渡す事になって終生後悔するはめになった。渡さなかった年に死なれたら寝覚めが悪いので、止められない。

 どれ程強くなっても、雨季の大型魔獣に人間が負ける可能性は無くならない。


 お父上やご正室様の手金庫を開ける時には、百金貰う。流石に只働きはないよ。

 半分コと言う話がどこかであったような気もするが、この世界でも口約束は法的効力を持たないのだ。

 探しに行かないで済むので、まあよしとしよう。

 攫われたら一生こればかりやらされると恐れたけど、実際には無限に出て来るものでもなかった。


 武器は消耗品なので、七月に入っても買い取りは続けた。

 魔物製も持ち来まれるが、ほぼ外れ。コレクターの遺品はまだましだけど、素人が適当に選んだよりは当りが入っている程度だった。

 駄目な物は一目で判るけど、そんなガキに何が判るんだとごねるのはいたが、その場で逮捕される。

 授かりの術技を疑うのは創造神に対する反逆なので、国家反逆罪より重い。


 近衛軍、王城警備軍の主力がいないので、良品は王都守備軍の東西南北各門の代表が奪い合いをしに来る。

 確定後の分配は吾の管轄ではないので、午前中に買取りの目利きをして、昼食後確定して帰る。

 午後の残業が恒常化した。雨季の期間限定です。


 知力系の装備で記憶力が良くなったのか、礼儀作法の勉強は順調なのだが、戦闘力の強化がいま一つ。仕事のせいで時間が取れない。

 雨季が明けたら、安全になった狩場で小型モンスターを相手に修行する予定。

 姉上は妙に大人しくなった。兄上が心配なのか、お父上に夕食後撫ぜ回されて満足しているのか。

 姉さまは装備のお陰で少しメンタルが強くなって、同世代のお茶会に出席出来るようになった。

 時々その為の客間に男が泊まりに来ている。妊娠しない年齢なら正式な挨拶はしないが、ご側室は娘が年相応に男を連れ込むようになって、喜んでいる。


 夕食後にたまにご正室様が手金庫を出すので、開いているのと交換する。

 利益を独り占めしないアピールで、女性陣に十枚ずづ配る。

 お父上とは書斎で物々交換。家人が褒美で古金一枚を貰う機会が増えた。

 後の時間はひたすら茉莉花と仲良くする。

 ご正室様とご側室がもう一人たけようとするが、茉莉花がなんでもしてくれるし、なんでもさせてくれるので、いらない。


 便りのないのは良い知らせで、討伐は順調であるとの定時連絡以外なく一月が過ぎて、兄上一行は無事に帰還した。

 この世界にレベルの概念はないが、武人でない吾にもはっきり判るほど、全員が明らかに強くなっていた。どれだけの経験値を稼いだのか。

 兄上は霊的な強さだけでなく、見た目も二周り大きくなった感じだ。身長は二腕越えているだろう。

 武人は基本的にでかいので、この世界のドアの標準は二腕半掛ける一腕半だ。


 姉上がなぜかお父上の後ろに隠れる。久しぶりに実家に帰ったら、飼っていた小動物に避けられる人。

 面白いので態と近付く兄上、怖がる姉上も可愛いので止めないお父上。実の兄と父に弄ばれる幼女。

 微笑ましく見守る実の母。あっちじゃなくて良かった。

 兄上は八位の上になったけど、小隊長は変わらない。中隊長は大尉だっけ。

 中尉くらいなのかな。大尉と中尉の間に上尉がある。将校、将官は小中上大の四階級だ。


 近衛府に出仕すると、軍司令閣下に呼ばれて、改めてお礼を言われた。

 人的被害が無いに等しかったそうだ。集団戦闘でこちらの被害が皆無は無理な話。


「此度のそなたの軍への貢献は諸侯の注目する処となってな、自領に派遣して欲しいとの請願が幾つも陛下の下に届いておる。全て断っておるがな。王都から出したら、野党に襲われて失踪するに決まっておる」

「決まっているんですね。しかも王都から出られないのですか」

「天領内で攫わなければ、問題が拗れる。王都を出たら広いからな。後は女を使って誘う手だが、気に入りの女中がいるそうだな」

「はい。今は一人で満足しています」

「しかし、討伐をするようになればその年では精力が余る。柵なくそなたの役に立ちたい女はいくらでもおる。おかしな女に嵌るよりよいぞ」

「はい、ありがとう御座います」


 閣下がちょっと悪い顔になる。


「時に、そなたの兄だがな、気前良く女に古金を与えていたそうな」


 この人相手に無駄な抵抗はしない。


「手金庫をお持ちですか」

「ああ、二軒目の女、覚えておるか」

「はい」

「後日、穴を見せて貰いに行ってな。親父が買って開けようとして、売り物にならんので、店ではなく家に置いてあった。それでそなたにも判らなかったのだ」


 別に、その情報は要らないけど。


「開けてあるので宜しければ、お取替え致します。ただ、開け賃で十枚頂きます」

「それは、当然だ」


 閣下が手金庫を出されたので、隣に開いたのを出して蓋を開ける。


「これで宜しければ、そこから十枚下さい」

「そなたに損、はないのか」

「はい、探すと以外に手間なのです。暇な時に開けておくと、自分で探さずに百金儲かります」

「では、遠慮なく」


 開いてない方に閣下が十枚乗せたので、収納する。

 閣下は開いている方を正面に移動した。


「これ、もう、我のか」


 一人称が我になってしまっている。


「はい。また見つけたらおっしゃって下さい。今頂いたのを開けておきますので」

「無限に儲かるのか」

「開けられる者が少ないので目立ちますが、それ程ないようです。ただ、今回は良かったのですが、手を付けてしまった物はお買い上げにならないで下さい」

「ああ、うっかりした」

「あの人が閣下を騙すとは思えませんが」

「おう、良い女だったぞ」


 その情報は要りません。


 八月の二十日、いよいよ逆侵攻の時が来た。

 十五歳未満の貴族の子用の、パワーレベリング部隊がある。

 護衛役の主力は王都守備軍留守番組だが、近衛にも留守番組はいるので、そちらに混ぜてもらう。

 子供達はそれぞれ所属の集団に固まっているのに、一人だけ(茉莉花と二人だけど)近衛軍選抜藍玉君守り隊に囲まれている。

 しかも、十二歳で装備可能な魔物革としては最高級の斑狼の革鎧を貼り付け(魔物の革鎧は皮膚の追加装甲で、素肌に貼る)、ぎらぎらに金製品を装備しているので、目立つ目立つ。 

 大人の武人は全員吾を知っているが、子供は知らないので、思い切りガン付けされている。

 官吏養成所の制服の薄いマントを着た集団の中の、良い目の私服を着たのが、側の大人に小声で聞いた。

 装備のお陰で聞こえる。


「あれは、何者だ」


 王都守備軍相手に随分偉そうな態度だ。パワーレベリングにだけ参加した高官の正子だろうか。


「七位の下、近衛軍調達師殿です。失礼の無いように願います」


 ガン付けしていたガキ共が一斉に目を逸らす。一安心と思ったら、別の視線が集まって来る。

 度胸の有る女の子が兵に聞く。


「あのお方が、この度の雨季討伐の陰の立役者、倉庫暴きの調達師様?」

「その呼び方は、ご本人に聞かれない方が良いと思います」


 そんな言われ方していたのか。軍の人や商人が面と向かって言う訳もないか。


 高官の正子だろうと近衛軍の防壁を越えて来る者はおらず、平和な夜が明けて、大人の本気部隊の後から、討ち漏らしの小物を獲る目的で王都北の森に入った。

 中型犬サイズのネズミ顔が出て来て、護衛に半殺しにされたのに止めを差すだけ。

 戦闘力は地球の同サイズの野獣の一サイズ上程度。ドーベルマンかハイエナくらいか。

 自分で戦ってはいるけど、戦闘技術が身に付くものではない。

 今日がまったくの初日なので、魔物を殺す度胸を付ける為だと割り切る。


 茉莉花は採集の練習もしていた。時々何か見つけては採っている。

 採集の術技は意識して周囲に気を配ると、何か有用な物があるのを感じる。

 採って収納すると、知らない物でも判明する。

 吾の術技はこれの派生だと思われている。

 特に何事も無く初日が終わった、と思ったのは帰り着くまでだった。

 

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