第8話 就職が決まりました

 三軒目は突然やって来た近衛軍に、未鑑定だった大物の金製品まで出して無条件降伏した。

 それはいらないと思ったのだけど、ここまで大人しかった旅団長閣下が、相性の良いのがあるように思うと言い出したので手を取って選別したら、細い菱形が三つ繋がった、偉そうなエルフがしている感じの額冠が当たりだった。

 金の重さだと姉上のティアラの三倍以上ありそうなのを躊躇いもなく買う。

 攻撃力、防御力、耐久力が上がる、強者の額冠に確定した。長身の閣下に似合う。

 確定後は十倍以上する物になったが、近衛軍に協力した形になった商人としては、損して得取れじゃなかろうか。

 仕入れ値以上で売れたんだから、得しかしていない。

 

 薬筒は二百の内一つだけ。やはり、銀物屋の店主は普通じゃない。

 吾用の金製品は三爪幅の板型の強力の腕輪と、気での攻撃力が上がる気力の指輪。鑑定料として頂戴した。

 金の小物に買う価値がないように感じる物が十七あった。金でも全くの外れもあるのか。

 良物三十八、まあまあの物百三。良物の中に理力の指輪があったので付けた。

 理力が上がったので百三なら一回でいけそうに思うと言ったのだけど、無理はしなくて良いと返されて、二回に分けて確定した。


 金の小物は八十三あったが、全部兄上が収納して家で確定する事になり、兄上と家中の留守番組が使える物があれば貰える。

 信用されているだけなのか、何か言葉の真偽を判定する手段があるのか。

 一通り終わったら旅団長閣下に、


「金の中物を身内用に欲しいので、属性で選別出来ないか」


 と言われて、閣下とはっきり合うのは一つだったが、なんとなく良さそうなのを三つ選んだ。


「確定後なら五倍から十倍になる。ずいぶんな儲けである」


 使わなくていい金使ったのに、得をしたと喜んでおられる。

 師団長閣下も連隊長殿も同じように二、三個余分に買われた。

 バーゲンセールで要らない物買うオバちゃんである。連隊長殿三人はオッサンだが。

 英知の小冠で知力が上がっているご正室様は、自分の物しか買わなかった。

 三日後にお父上と来るし、身内用は一級回復薬献上の褒章金が入ったお父上が買うのでしょう。


 帰りの車の中で、一個だけの薬筒を開けて(三級だった)、金の小物を三つずつ確定したが、五十以上残ってしまった。

 家の居間で夕飯前に確定して行く。


「家族の中に合う物があれば、鑑定料として貰えるそうです」


 兄上が言ってしまったので、お父上までが手を出した。

 姉さまに精神力を上げる心得の指輪、茉莉花に太い針金の強力の腕輪、お父上に二爪幅の板の健康ブレスレットが当たったのだが、姉上が自分の分がないと拗ねた。ご側室のも母さまのもないのに。

 ない時はないもんだな。


 翌日、帰宅されたお父上に、今後も定期的に近衛軍に協力するなら、八位の中、近衛軍調達士長になれる、と言われた。


「持ち帰り物の大型の金製品を、鑑定せずに軍に売る者に与えられる官職であり、何も義務はない。それなりの物を定期的に納品する不文律はあるが、そなたは既に生涯分を果たしていると言ってよいそうだ」


 封建主義社会では、金よりも官位官職がある方が安全な場合も多い。

 典薬寮調達士は本来製薬の出来る錬成者用で、もう一つ一級回復薬を献上しないと七位の調達師になれないが、近衛軍調達士ならば三年以内には調達師になれるだけの能力と評価されたそうだ。

 断る理由もないのでお受けしたら、明日兄上と一緒に近衛府に行って、近衛軍司令閣下にご挨拶する手筈が整っていた。

 七位までなら普通はあちらからの通達だけで済むのだけど、軍司令閣下が顔繋ぎをしたいらしい。

 

 翌朝、姉さま謹製の、水色よりちょっと濃い青の長ワンピースに紺の帯を締め、銀の伸突剣を差す。

 あちらの執務室に着いたら、部屋の入り口にいる人に剣を預けるのが礼儀である。

 収納の中に武器は入れておけるので、目の前で武器を渡す儀礼的なものだ。


 扉の大きさからするとかなり広いはずの執務室に、広さを感じさせない如何にも軍人なごつい近衛軍司令閣下がいらした。楽に二メートル越えている。

 滞りなく調達士長にしてもらったが、閣下が仕事を直に見たいと言い出された。

 承知すると秘書官が何処かに連絡して、金物屋と銀物屋とそれぞれの店員二人、軍属の服装の女性五人が入ってくる。確定事項で控えの間で待っていたようだ。


「この者らは治癒師だ。霊属性の装備をさせたい。雨期になると霊力はどれだけあっても足りぬのだ」


 閣下のお言葉に続いて店主二人が祝辞を述べた後、台を出して品物を載せて行く。大きな銀製品を並べている銀物屋に聞く。


「薬筒はありませんか」

「五十だけ、御座いますが」

「先に出してくれませんか。準備の間に開けられると思います」


 閣下が近寄って来られる。


「それは、本職も見たいぞ」


 仕舞って出すだけなんですが。

 出された薬筒の中に一つだけ感じるのがあった。銀物屋の確率がまた上がった。

 開けたら二級だった。閣下に殻ごと差し上げる。


「この時期に二級が手に入るのは、本当に助かる。兵の安心感が違うのでな。造れない訳ではないが、材料集めが難しい。それなりの腕のある採集人が、逆に手足を失いかねん場所にしかない」


 雨季の討伐の後、魔物が減ったところに逆侵攻して採って来るらしい。

 そんな話を聞きながら準備を見ていると、銀物屋が銀の剣を三本出した。


「一番こちらに近い物が良い物ですね。後の二本も悪くはありません。銀の剣て、そんなにあるんですか」

「剣自体はあるのだ。しかし、付与のない只の銀の場合が多くてな。買う者が少ない」


 店主に聞いたのだけど、閣下がお答えになる。嫌な思い出がある雰囲気だ。只の銀なら練成物を買った方が安い。


「三本買うので、確定してくれ」

「はい」


 三本収納すると「銀ならあの程度は大丈夫なのか」と、閣下が独りごちられた。

 返事するべきか迷って、少し間が空いてから答えた。やってる振り。


「はい、銀はそれなりの量を一度に確定出来るようになりました。一本は地属性で、一指の伸気と二椀の伸突が出来ます」

「伸気伸突はたまにあるが、地属性は見たことが無い。こちらへ」


 閣下にお渡しすると、少し動かしながら眺めた後、まっすぐ平行に構えた。


「部屋の中で、二椀の伸突は駄目ですよ」


 横にいた秘書官の人に注意されて、閣下がちょっと可愛く拗ねて、自分の収納に剣を仕舞われた。


「後の二本はどちらも火属性の、一指の伸気剣です」

「それでも十分に良い物だ。練成物のなんの付与もない銀の剣が重量の三倍なのだが、持ち帰り物では鑑定料分損になる。そなたが容易に確定出来るなら、店の仕入れ値と同じ二倍で買い取れる。錬成物のただの銀製だと思えば損はない。そなたに鑑定料を払わずに確定させるわけだが」


 ただの銀の剣でも鋼より霊気の通りが良いので、切れ味も耐久力も上だ。


「時間が掛かるだけで、銀では疲労も消耗もさほど感じません。鑑定とはまったく違う能力のようですので、持ち帰りの銀の剣は購入して下さい。俸禄分を頂いている訳ですから、只働きではありません」

「まことに助かるぞ、近衛だけでなく国軍全体の助けになる。体調が崩れたら直ちに中止してくれ」

「はい、無理はいたしません」


 剣で盛り上がってしまったけど、商品を並べ終わったので、まず、理力の装備を探したが、今回はなかった。

 漸く本題の治癒師の人達の選別と確定を行った。

 どこから集めてきたのか、金の小物が千以上あり、全員に霊属性が当たった。四属性は金の中物二人、銀の中物四人、大物二人。銀の中物一つしか当たらなかった人が運が悪く見えた。

 その後閣下の装備を選択。古金を引き伸ばしたようなしわしわ模様の、細い五平餅みたいな楕円形の額冠だった。


「統率の額冠です。思考力、統率力、好感度が上がります」

「大当たりか。くれ」


 お渡しすると、今までしていた模様のない金の板を取って、おでこにぺたっと貼る。

 部屋にいた全員が、おおとか、はあとか声を出してしまう。閣下は隣にいる人を見る。


「どうした」

「更に頼もしくなられました。こんなにはっきり効果が判るのは珍しいです」

「そうか」


 何でもないように言われた。

 嬉しそうなのに素直に喜ばない。ちょっと姉上に似ている気がする。


「紫檀調達士長、この後の予定はあるか」

「いえ、御座いません」

「では、連隊長までの者を呼ぶので、選別してやってくれ」

「はい。どちらに行けばよろしいのでしょう」

「ここですればよい」

「ここ、閣下の執務室、ですよね」

「今日は、そなたの仕事を見守るのが本職の仕事だ」


 横の人が即座に否定する。


「そんな仕事はありません。調達士長、第三師団の大食堂に移動してくれ。小隊長、案内を」

「はっ」


 横の人に閣下が無駄な抵抗をした。


「貴様の分くらいここで選別してはどうか」

「自分は閣下の秘書官とはいえ少佐ですので、連隊長の後で結構です。思考力が上がられたので、書類整理が捗るでしょう」


 撤収である。

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