第6話 昔の権力者が欲しがった例の物
なんでこんな緊急事態になっているのか、ご正室様が教えてくれた。
一級回復薬を持っていると知られたら、奪い取ろうとするのがいるそうだ。
一級はどれ程古い部位欠損も治るだけでなく、健康な者が飲めば寿命が延びる。
権力者は欲しがらないはずがないが、中間管理職なら、自分一人の寿命が五年から十年延びるより、国王陛下のお覚えがめでたくなった方が、一族郎党の為になる。
「無事に陛下にお届け出来たら、早急に連絡を頂けますから、待つしかありません」
居間に集まって、ひもじくならない程度に茶菓子を摘んで、母さまの癒しのBGMを聞きながら待っていると、夕餉時を少し過ぎた辺りで、無事に献上出来たと連絡があった。
褒賞の事や吾の術技の説明などがあるので、帰宅は明日の昼以降になるそうだ。
安心したので夕餉を済ませて直ぐに寝たいと、ご正室様は姉上を連れて居間を出て行き、姉さまは母さまに夕餉の後一緒に寝て欲しいと言って、抱き着いたまま出て行った。
あのお母さんの娘にしては線が細い感じで、依存症っぽい雰囲気があるが錬成の腕は良いらしい。
ちょっと変な方が職人としては腕が良く見えるイメージがあるそうな。
当然我々も自室に引き取る。
精神的に疲れていたのか、部屋で夕餉を取った後、食休みのつもりで茉莉花を抱いて横になっていたら、寝落ちしてしまって、気が付いたら朝だった。
朝餉を持って来た女中が、悪い知らせはないと言った。
安心して食べて、食器を下げに来た女中が最上の首尾だっだと最新情報を伝えてきた。
一昨日までは家人の子に過ぎなかったので一ヶ月(この世界の一ヶ月は四十日)に一度挨拶していただけだったが、家の子になったのでこれからは何も無ければ毎朝居間に行って、ご正室様に挨拶する。
居間にはご正室様と抱き付いている姉上の他に、母さまと寄りかかって撫ぜられている姉さまがすでにいた。
みんなカウチベッド的な、柔らかい敷物で覆った緩い大きな長椅子に座っている。吾と茉莉花の分もある。
「授かって直ぐの術技を多用して、変わりないですか。無理に起きて来なくともよかったのですよ」
ご正室様が心配してくれた。こうした気遣いが出来るのが家を守る女主人なんだよね。
「お気遣い有難う御座います。体調は問題ないようです」
「そう、それはよかった」
今までは午前中は一般常識の座学で午後が戦闘訓練だったのだけど、今日は大人しく二人の帰りを待つ事になった。
母さまの癒しの歌を聞きながら半分寝ていたので、時間が経つのはまったく苦痛ではなかった。
昼前に、国王陛下のご機嫌がすこぶる麗しく、予定より早く諸事が片付いたので、普段のように城内で昼餉を取ってから帰るので、こちらでも済ませておくようにとの連絡が来た。
普段は衛士の兄上は少し時間が散けるけど、お父上はきっちり定刻にお帰りになるそうだ。
当然今日も仕事をしていないはずだけど、と言うか、どんな仕事なんだろう。
お帰りになったお父上に、改まって話さなければならない事があるので、書斎に来るように言われた。
二人きりで話さなければいけない事ではないので、茉莉花も含めて関係者全員が書斎に入った。
「此度の献上物はたまたま見付かったのではなく、そなたの術技に寄るものなので、今後も得られる可能性があるとされて、八位の下、典薬寮調達士とするとの御言葉を賜った。褒章としての名誉官職であるため、他の品の納品などの義務はないが、官位は正規のものである」
「いきなり八位、ですか」
茉莉花の親と同じ、文官ではそれなりに大きな郷の長の身分だ。
「典薬寮は王族方の御用を承るので、格が高い。そなたは下士官養成所に入れて将来は討伐人かと考えていたが、下級官吏程度の礼儀作法は必要になる。次に献上の際は、官職にあるそなたが直接陛下にお届けするのだ」
王様に囲われてしまった訳だけど、当然これが一番安全ではある。
お父上も兄上も一格昇格してお父上は四位の中、兄上は八位の下になられたそうな。
一年は十ヶ月で今は四月(一ヶ月は四十日)で、どの学校も一月からなので、それまでは礼儀作法をご正室様が教えてくれる運びとなった。
礼儀作法の覚えがよければ、士官学校の付属の幼年学校的な下士官養成所、心許なければ文官学校付属の官吏養成所に行く予定。
術技が前例のないものだった上に、一級回復薬が出たせいでどたばたして遅れてしまったが、霊力量も測った。
砂袋をどんどん収納して行くだけの事で、五樽(一樽は一腕立方の水の重さで一トン)以上入った。
平民の授かり時の最低が一樽、貴族なら三樽あればまあまあ、五樽はかなり多いが、いないわけではないそうだ。
娼婦の子は霊力量は多い傾向にあるので、その点からも驚くほどのことでもないらしい。
朝の一般常識が宮廷作法に替わっただけで、平穏無事な日が半年続くだろうなんて呑気に構えていたら、三日後、帰宅された兄上が強制クエストを持ち帰って来てしまった。
「藍玉、体調は変わりないか」
「はい、どこも異常はございません」
「それは重畳。そなたの術技は、父上と自分の休みの日に中町に行き伸ばす予定になっているが、朋輩に戦力があれば下町にも行けるのではないかと言われてな、怪しげな雑貨商や質屋が多いが、そなたなら贋作を掴まされる恐れがない。安く戦力増強が出来よう。その話が旅団長閣下のお耳に入って、薬筒と埋もれている掘り出し物の発掘と言う事で人数を出せるとおっしゃるのだ。そなたの体調に問題がなければ、出撃申請する」
体調次第で、こちらの都合などは関係ないのですね。都合もないのですが。
「近衛軍が下町の雑貨商に出撃なのですか」
「方便では有るが。雨季の後の魔物の活性化に備えた戦力補強が出来るならしておきたい。それはどの軍でも変わらん」
温度が低いと魔物が活性化するので、雨季とその前後にはどこの国も全軍で大討伐する。
近衛軍は最強戦力として、一番危ない場所を受け持つ。
兄上の周囲が強くなれば兄上の安全も増すわけで、軍の資金でやってもらえればむしろ有り難い。
明日申請しても軍が動くには十日は必要だそうだが、明後日兄上の休みで中町に行くが、あそこの物でも自費で買える軍の同僚も参加したいと言っているが、よいかと聞かれる。
断れるわけでもなし。なんで聞くのかと思ったら、買う人を触らなきゃいけないんだ。
あそこの店で自費で買えるのは、それなりに収入のある人なはずで、こないだまで他所の偉い人に会ったことがないので、それだけで体調を崩しかねないと心配をされた。
吾とは今まで接点がなくて性格が判らないし、姉さまがその辺りまったく駄目っぽいから。
大丈夫です、お国の為でもありますから、なんて安請け合いをして、翌日後悔した。
お出でになるのは連隊長殿三人と、所属の旅団長閣下、更に上の師団長閣下だった。
三連隊で一旅団、三旅団で一師団なので、残りの二人の旅団長閣下が来ないだけ有り難いと思え、な状況である。
同僚と言われたような気がするんですけど。
兵隊はそんなに多くないけど、覚えている地球の軍の構成に比べて階級の高い人が多い。
実力主義で出自に関係がない昇進基準が決まっているので、出世し易いようだ。
下町に行くのは、近衛軍にこちらが随行する形なのだが、今回はあちらがこちらの買い物に相乗りされるので、朝食後に我が家にいらっしゃる。
我が家の方が貴族街の出口に近いのだけど、普通なら向こうに行って戻らないといけない。
師団長閣下、旅団長閣下、連隊長殿のお一人が女性で、旅団長閣下はご正室様の遠縁に当たられるとの事。
兄上は縁故採用ではないそうだが。
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