第3話 我が家のお父上はラノベの無能貴族じゃありません

 お父上が収納から、先ほど確定した腕輪をばらばら出された。


「そなたにやる物はまだあるぞ」

「それは、父上に買い取って頂いた物で……」

「買い戻せとは言っておらん。やると言ったのだがな」

「下さるなら下さい」


 兄上が腕輪を全部引き寄せる。


「全て確定している?」

「それも藍玉の術技の内のようだ。触るだけでは判らず、収納しないと確定せんが。よいか、藍玉、鋼玉が勝手に購入した物を確定してはならんぞ」

「はい、お言葉に従います」

「そんな……」

  

 時間が中途半端なので、このまま夕餉までだらだら過ごそうとなって、母さまが見た目も音色もシタールみたいな楽器、長首琵琶を弾く。

 只のBGMではなくて、精神的疲労回復や精神安定、多少の肉体的治癒効果がある。

 そのくらい出来ないと、この世界では高級娼婦になれない。

 やはり初めてスキルを使って疲れていたのか、半分寝ていると、兄上が話し掛けてきた。


「今、自分が持ち帰り物を持ってるのが判るか」

「左腰の、帯の中、ですか」

「おう! そうだ! 何か判るか」

「いえ、そこに何かあるように感じるだけです」

「これだ」


 出して見せたのは薬筒だった。知らない振りをする。


「なんですか」

「回復薬が入っている」

「事もあるが、殆どは小石だ。以前それを開けるのを得意にしていた者が、一時間で二十開けて見せたが、十七は石であった。出たのは四級が一つと五級が二つだった」


 なんか怒った感じでお父上が割り込んだ。


「父上、藍玉が持ち帰り物と感じたではありませんか」

「入れ物の銀に感じたのやもしれん。一つ十銀の博打だ。たとえ入っていても、五級では三銀であるから、入れ物が一銀でも六銀の大損だ」

「開いた手金庫を二箱お持ちで、六銀を大損はないでしょう」

「買う必要のない物であれば、一銅でも大損である。そう心掛けよ。今までからくり箱なぞ手を出さなかったであろう。誰に押し付けられた」

「押し付けられたのではありません。開けられぬと言うので、買い取っただけです」

「誰だ」

「馴染みの女です」

「笑蕾、どう思う」


 お父上が専門知識のある母さまに聞いた。


「その売女は若様を獲物だとしか思っていません。どれくらい我儘を言えるか計ったのです」

「判ったか。十銀は手切れ金と思え。その売女の処には二度と行くな」

「……はい」

「少し、甘く育ててしまったようです。申し訳御座いません」


 ご正室様まで追い討ちを掛ける。

 どうやら兄上は総領の甚六らしい。栄養の良い場合の寿命が百年以上あるこの世界では、長子はほぼ継嗣になれないのだけど、初めての子は可愛がり過ぎてしまうようだ。

 因みに、開けようとして開けられない薬筒の個人売買は、恐喝か詐欺になるそうだ。

 一旦開いた殻に石を入れてまた閉じて十銀で売れるから。


「ところで藍玉、その薬筒を開けられませんか」


 ここまでご正室様の仕込みだったのか?


「からくり箱は、今日知ったばかりですが」

「しかし、宝物を探し出す術技なのでしょう。掘り出すとか取り出すなども出来ないのでしょうか」

「いえ、判りませんが」

「では、やって御覧なさい」


 逃がしてくれないな。逃げようもないが。

 受け取って、所載なく撫ぜ回してみる。


「収納して御覧なさい。錬成の出来る者は収納の中の素材などを意識で動かせます」


 判ってるんだぞ。黙っててやるから採れた実はよこせ、みたいな。

 しょうがないので収納して、考えてるふりをする。

 この世界の一時間は五十分なので、自慢するような人で一つ二分半か。術技の恩恵があるにしてもそれより速いのは拙かろう。

 しかしここには時計がないんだよね。お父上の書斎には、燻し銀だけどどことなくスチームパンク風のがあったけど。


「まだ?」

「邪魔をしてはいけません」


 五歳児が飽きたようだ。てことは一分経ってないな。

 三分くらいって、歌をフルコーラスか。四番まで歌えばいいかな。

(千島の奥も尖閣も、八州の内の守りなり)

 いきなり四番歌ってどうする。

 母さまのBGM聞いてると寝ちゃいそうだ。とりあえず開けておくか。


「え?!」


 開いた途端に声を出してしまった。兄上が詰め寄ってくる。


「どうした!」

「二級回復薬、と言う物が出ました」

「なんだと!」


 お父上、睨まないでください。自分のが三級だったからって。吾のせいじゃありません。


「出せ出せ出せだせ!」

「はい、どうぞ」

「おおお! でかした! 百金だぞ!」

「随分高いのですね」

「失って一年以内の部位欠損が治る」

「それは、むしろ安いような」

「年に幾つかは出るからな。しかし、余裕があれば持っていたい物ではある」

「売るつもりであれば買い取ろうか」


 お父上が古金を十枚出す。一枚現行金貨十枚か。


「はい。有難う御座います」


 兄上は逡巡なく金と薬を取り替えた。

 この甘ちゃんの親が持っていれば、自分の物と変わらないからね。


「次の休みに、藍玉を瓦落多ガラクタ屋に連れて行ってはいけませんか」

「駄目だ。下町の店主など、破落戸ゴロツキと繋がっている。見ただけで薬が入っているのを見分けられるのはすぐに判る。店にいる内に連絡するだろう。買った物を奪われるでは済まされぬ。藍玉は攫われ、そなたは殺される。衛士相手に罪を犯すなら、生かしておく訳がない。破落戸は顔を隠しても、店は判っているのだからな」

「は、はい。軽率でありました」

「今日術技を授かったばかりですからね。焦ってはいけませんよ」


 ゴロツキより怖くて質の悪い人がいる。


「認知の報告に添えて明日もう一日休む申請を出しておいた。中町の店に連れて行く。それは良いとして、添い寝役を決めておくか。好みの女はいるか」

「いえ、誰も名も知りません」

「下女ならともかく、上女中に術技の定まらぬ囲われ者の子とねんごろになるのはおらんよな。笑蕾、良いのはおるか」

茉莉花マツリカはいかがでしょう。歳も近く、良く気が付く子です。属性も同じ水ですし」


 人間には地水火風心霊の属性があり、地水火風はどれか持っている。


「藍玉に好みがないなら、それでよかろう。ここに呼ぶわけにはいかぬ、来い」


 また二人で書斎に逃げ帰る。


「茉莉花は地頭の次子で、家に帰る当てはない。採集の術技を授かったが、穀倉地帯では役に立たぬので王都に職を求めたのだ。我が屋敷に勤める為に頼った伝手の手前もある。今更帰れるものではない。そなたの術技の有用性なれば、情が移れば囲われ者でよい。長く使うつもりがなければ女中に戻すだけだ。それはよいとして、装飾品を買いに行くとなると瑠璃が五月蝿いのだが。誰に合うかまでは判るまいな」

「瑠璃様は、姉上ですね?」

「そうだが、知らなかったか」

「はい、ご正室様もご側室も姉さまもお名前は存じません。兄上は、鋼玉様?」

「そうだ。教えていないといえばいないな。室が赤榕アコウ、息は鋼玉コウギョク、側は橙枇杷トウビワ、庶子が甘葛アマズラである。今までは名で話し掛ける用もなかったか」

「はい、左様です」


 他に知りたい事はないかと聞かれても、何を聞いていいかも判らない。何かあったら遠慮なく聞けと言われてこの話は終わり、茉莉花を呼んだ。

 来たのは少し細い感じの、吾よりやや上背のある少女だった。


「笑蕾の子を本日庶子と認め名を藍玉と改めさせた。そちに添い寝役を命ずる」


 子供の扶養能力がないと妊娠出来ない様にしてあるらしく、この世界で妊娠するのはほとんど男女とも二十歳以上で、妊娠例がない十八歳未満は完全に赤ん坊のオムツ替えレベルの下の世話でしかないそうだ。

 嫌じゃなければ臭くない分オムツ替えよりいい。上手くすれば坊ちゃんのお手つきになれる。


「身に余る光栄で御座います。坊ちゃま、宜しくお引き立ての程をお願い致します」

「良く勤めてくれ」


 書斎に一人で呼ばれて緊張しているようだが、嫌がっている雰囲気はなかった。

 まだ術技の詳細は知らされていないだろうけど、庶子になれるなら当たりか大当たりしかない。

 吾の部屋を用意するように言い付けられて、茉莉花は退出した。


「明朝、具合が悪いようであれば、躊躇わずに言え。感覚の力ではあるのだろうが、霊力をどの様に使っているか皆目検討がつかん。室も言っていたが、焦ってはならぬぞ」

「お気遣い、感謝に耐えません」


 転生親ガチャ、SRくらいの当りだと思う。お父上は中務省の諸領法務局頭で、総務省の自治行政局長みたいな地位らしい。

 地球と違ってモンスターがそこら中うろついてる世界で、無能な貴族が高級官僚やってたら国が滅んじゃうんじゃない?


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