各ご家庭の事情

「やいやい、アンフェルティア、貴様にも聞きたいことがある」


「何よ、急に喧嘩腰じゃない」


「一体、神の祝福、ブラハエルとは何なのだ。あやつはあまりにも貴様にそっくりではないか」


「……それは、ボクが自分に似せて造ったから」


「いや、アレは貴様の造った天使ではない。なぜならば、製作者であるはずの貴様へのリスペクトが感じられぬ」


「そんなガ○プラみたいなモンでござるか?」


「ッ、何を言って」


「うひゃひゃ、我に隠し事なぞ無駄なことよ。お前のことは、全部全てスリッとお見通しだ!」


「あら、お父様、ワタシやお母様という存在がありながら、ずいぶんとアンフェルティア様と相思相愛なのですわね?」


「……ね、ねえ、ちょっと、キミ達は余計な口出ししないでもらえる? 我、今こやつと結構マジの真剣な話してるんだから」


 会話が微妙に噛み合わなくなるこちらの茶番は全て無視されて、アンフェルティアはじっと俯いて光り輝く地面ばかりを見つめていた。じゃらりと頭の髪飾りが静かに鳴る。


 そして、しばらくの逡巡のあと、意を決したように我らのことを見上げる。その透明な蒼い瞳には、未だ迷いと躊躇いの色が滲んでいた。


「……ブラハエルは、パパ、創造神、ウルが造った天使の零号機よ」


 静かに、囁くように、胸の内を吐露するように苦々しげにそう言った。


 おいおい、またなんか出てきたな。後付け設定が過ぎやしないか? あ、そういえば、以前こやつに渡した聖剣も父親のだとかなんとか言ってたな。


「そやつがこの世界を創ったのか?」


「ええ、そうよ。ボクのパパが全てを創った。そう、ボクのこともね」


 全能の前に、原初の世界には、創造があった。


 長い間信じられてきた人間どもの神話が大きく覆されるような衝撃の真実だろうな。ま、こういう不都合なのは公表しても大抵、自称宗教家によって戯言だと握りつぶされるのだろうな。


「パパにとって、神を創るのも天使を造るのも同じこと。同じ被造物に過ぎないわ」


 天上天下唯我独尊を地で行くこやつにとって、それはきっと誰にも知られたくないような耐え難い屈辱なのかもしれぬ。自身すら被造物であった、なぞ、こやつには許せないことなのだろうか。所詮地上の生ある物の法則でしか生きていない我らにとってはさっぱりわからぬ感情ではあるが。


「なんだ、貴様も我らと同じではないか」


「は? 何それ。ボクもまた天使みたいな被造物だっていうの?」


「いや、そうではなくて、貴様にも親がいるのだなあ、ってことだよ」


 ふとそう気づいて何気なく言ったつもりだったのだが、なぜだかアンフェルティアは今までにないくらいそのサファイアブルーの瞳を大きく開けて、驚いたように我の顔を見つめた。え、な、なんだよ、我、何か女神の逆鱗に触れることでも言ったか? 喧嘩なら受けて立つぞ? おおん?


「……は、アンタはすっかり親目線が染み付いちゃっているのね」


 しかし、アンフェルティアは臨戦態勢の我を前にして、ふっと呆れたように小さく吐息を漏らす。


「パパにそんな感情はない、今となってはもう、創造、という概念のひとつに過ぎないわ」


 全能だというアンフェルティアを創造した父神、ウル。


 もはや概念でしかないとは言うが、はたしてこの天魔異會事件に何か関与しているのだろうか。


「というか、貴様、父親のことパパって言うんだな。なんか意外」


「案外可愛らしいところあるのでござるな」


「そんなアンフェルティア様も好き」


「でゃッ!? い、いいから忘れなさい! みんな忘れろ、ビーム撃つわよ!」


「というか、何、さっきの鳴き声……」


 顔を真っ赤にしながら涙目でマジの忘れろビームを放つ構えのアンフェルティアを三人がかりで止めつつ、ブラハエルのふわふわのおなかをこやつの顔に押し付けてなんとか沈静化させた。ネコと和解せよ、心からネコを信じなさい。


 ぺたんと力なくへたりこみながら、未だに顔を真っ赤にしているアンフェルティアの膝に、すっかり眠くなってきているブラハエルを乗せて身動きを封じる。「ぐ、ひ、卑怯な」


「で、そっちの成果はどうなのだ? まさかとは思うが、天界ブラブラまったりデートを楽しんでいたわけではあるまいな?」


「あたっ、あ、あ、当たり前じゃないの! ちゃんとステラちゃんと一緒に天魔異會の痕跡を探してたわよ!」


「めちゃくちゃ動揺するじゃん」


「めっちゃ早口でござる」


「う、うるさいわね、“神の裁き”」


「らめええええええッ!!!??」


「さすがに理不尽では……」


 さっと躱した我とは違い、完全に女神の指パッチンが直撃したサクリエルがまたしても、ガンギマリエビ反りでびくんびくんッと卑猥で下品な醜態を晒す。こやつはもうこういう感じなん?


「……悔しいけど、アンタの推理が当たってたわ。やっぱり天魔異會は天界にいる」


「ふふふん、さす我!」


「天界から地上の各地にポータルを繋げて、色々と暗躍していたみたいね」


「このポータルは天界からの一方通行で、普通に使うと地上のポータル同士で転送する仕様みたいですわ」


 ということは、あの無人島で見つけたガカイシ行きのポータルも、もしかしなくとも天魔異會のものだったに違いない。というか、あの無人島自体がリーゼらのアジトだった可能性もある。ここで雑に伏線回収できたのは僥倖と言えるだろう。


「というか、どうして貴様の領地である天界の異変に気付かなかったのだ? これでは全能(笑)ではないか」


「うるさいわね、天界の全てがボクのものってわけでもないんだってば」


「なんだ、全能とかいう能書きも大したことないのだな」


 まあ、こやつの他にも神がいたのだ、領域という観点ではこやつが把握できない場所があるのも無理はないか。役立たずの女神をフォローしちゃうから絶対口には出して言わないけど。


 しかしながら。


 これでようやく敵の全容を掴みかけてきたな。


「我らの敵は、“非定義”と、あやつが言っていた“漆黒”とかいう者。そして、“蜘蛛”もとい“異界姫”、そやつらが異世界からの転生者にして、天魔異會の中心となる者どもか、」


 チートスキルとか悪役令嬢とかの有象無象の異世界転生者どもが集まっただけの組織ならば、我らが戦力をもってすれば大したことはない。


 だがしかし。


「そして、かつてはリーゼと魔刀・鐵と、創造神が造った熾天使、神の祝福、ブラハエルがいたのだな」


 そこに、我らの戦力すらも加わったのならば。


「“非定義”に汚染させられたファジムさんも、もしかしたら天魔異會に加わっている可能性もありますわ」


 それは、我らへの叛逆、というには余りにも甚大な被害となりうるのではないか。


 世界はすでに天魔異會の手に落ちてしまっているのではないか。


 もうすでに、世界は我らの望まぬカタチへと変質してしまっているのではないか。


「それと、ブラハエルについて行った大量の天使達ね」


「貴様、部下に愛想尽かされ散らかしているではないか」


「い、いいのよ、ボクこそが天界そのものなんだから!」


 つまり、天使どもは女神の大人の玩具になるよりも天魔異會との謀叛を選んだのか。こやつ、どんだけの激しいプレイをしていたのだ。マジで想像したくねえ。「変態親父め、エッチなこと考えてたでしょ」「んなわけあるか、むしろドン引きしてたまであるわ!」


 しかし、思っていたよりもずいぶんと壮大な陰謀ではないか。


 地上はもとより、本当に天界までも巻き込んでいるとは。


 “非定義”が言っていた、世界を変える、とかいう荒唐無稽な野望も現実味を帯びてきてしまっているではないか。

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