猫とワンピース

 そうして、いそいそとステラ達の元へと戻ると。


「――まあ! なんて可憐で素敵なのかしら!」


「えっへっへぇ~、そ、そう?」


「ヘラ殿、チョロすぎでござるな」


 元魔王である我がこのようなシンプルで真っ白なキャミソールワンピースを着る日が来ようとは。なんとも情けない話ではあるが、まあ、我の華奢で慎ましやかな体型によくフィットしていて悪くはない。


「しかし、なんか妙に風通しが良くてスースーするな」


「あんまり暴れない方がいいわよ、軽いし透けるから」


「なんで!?」


 思わず両手で胸と下腹部を隠して蹲ってしまった辺り、TSの弊害が出ちゃってるな。心まで少女になりかけておる。変態しかいないこやつらの前での恥じらいや可愛らしい行動は命取りになってしまう。


「ご、ごほん」


 我は平静を装い、全然恥ずかしがってない素振りを見せながら、ノーブラで来てしまったことを後悔しつつ、両腕を組んでなんとかお胸の可愛らしいセンシティブなモノが見えないてしまわぬように誤魔化すことにした。こんなところまで精巧に作りやがって、マッドサイエンティストどもめ。


「……はあ、アンタ、いくら貧乳だからってノーブラはダメだって。レディとしてのたしなみよ」


「う、うるさい、ノーブラで悪かったな! 我だって後悔してるわ!」


「将来胸の形が悪くなっちゃうかもしれないし、あとでブラジャーも作ってあげるから、今は羞恥プレイでも楽しんでなさい」


「鬼畜の女神!?」


「で、どうしてあんなにボロボロだったのよ、自称最強(笑)のアンタにしては珍しいじゃない」


「う、うむ、ブラハエルとうっかり遭遇してしまってな。しかし、我らがあっさり倒したぞ。うはは、今あのガラクタは我がコレクションの一つとして所蔵してあるぞ」


「はあッ!?」


 それを聞いた途端、女神が血相を変えて我に詰め寄る。ち、近っ、顔が、顔が近い。ぬう、こやつ、ホント、顔だけはいいんだよな、顔だけは。それになんかちょっといい匂いもするし。


「な、なんだよ、我が倒したのだ、文句はあるまい」


「何やってるの、バカ! 今すぐブラハエルを解放しなさい!」


「は? イヤに決まっておろう。あれはもう我のモノだぞ。もう返してやんないぞ」


 なおも詰め寄ってくる女神の顔をなんとなく気恥ずかしくて直視できず、無理やり引きはがしてステラの方に押しのける。「やんッ」「ステラッ!?」


 すると女神は、ラッキーハプニングに悶えるステラに寄りかかりながら、はああああっと大きくため息を吐き出し。き、貴様、ちゃんと自分で立て!


「せっかく忠告してやったのに! アイツには勝てないんだって!」


「お、おい、貴様、まずはステラから離れろ!」


「おふたりとも会話が噛み合ってないですわよ?」


 鬼畜の女神、略して畜神はやれやれと大きく首を横に振りながら、ようやくステラから離れると、まるで我が物分かりの悪い小さな子どもみたいに、ゆっくりと言い聞かせるように話す。


「あのね、いい? ヘラお嬢ちゃん? ブラハエルの強さは、死、を扱うその概念兵装よ。概念として死さえも殺すなら、その対するものもまた然り。アイツは少しでも何かが残っていれば即時復活する。それこそ、身体のひと欠片でも、そうね、誰かの記憶からでも、ブラハエル、という概念さえあればね」


「おいおいおいおい、なんて厄介なものを造っちゃったのだ。それこそ、貴様よりもよっぽど神っぽいではないか」


「知らないわよ! 誰が何と言おうとボクこそが全能の神なの!」


 そんな議論は今はどうでもいい。たとえこやつが神だとしても、きっと性欲の神に決まっておる。


 我は慌てて異次元空間の魔導扉を全力展開、復活したブラハエルが悪戯してしまう前に全てのコレクションを解放しようとした。のだが。


「あぁ……、我がコレクションが……!」


 長年かけてコツコツ集めた秘蔵のコレクションは破片の一つすら全く出てこなかった。その代わり……


「あ、でも、アンタの珍妙なガラクタのせいでブラハエルがなんかおかしくなっちゃってるわね」


「おい、せっかく集めたレアアイテムをそんなふうに言うな!」


 そこには、さっきまでの威厳ある姿とは似ても似つかない、なんというか、うん、ああ、これは……


「猫ちゃん、だな」


「猫ちゃん、ね」


「猫ちゃんでござる」


「キャーッ、猫ちゃん、なんてカワイイのかしらー!」


「にゃー」


 完全に、猫ちゃんのそれである。


 我がコレクションの中にそんな要素は一つもなかったはずだが、予想だにせぬブラハエルの修復機能と拡大解釈、それに魔道具同士の相互作用が重なった結果がこれだ。


 ふわふわの真っ白な毛並み、その毛は触れるたびに手の中で揺れ、柔らかな感触が指先に広がる。小さな耳がちょこんと顔についていて、何を考えているのかわからない金色の大きな瞳がまるで星のように輝いていた。その猫ちゃんの鼻先はちょっぴりピンク色で、まるで花びらのよう。口元はブラハエルのあの無表情を思わせるが、こうなってしまえば見る者を和ませるような愛らしい表情に見えてしまうから不思議だ。


 軽やかに揺れる優雅な曲線を描く長い尻尾が時おりふわりと我が頬に当たると、なぜだか無性に幸せが溢れてくる。ステラに抱きかかえられながらもすんっとした我が物顔の様は、まさに、猫ちゃんのそれであった。「異様に描写が詳細でござるね……」「こればかりはしゃーない」


 そのふわふわの毛並みを撫でまわす誘惑にふるふると耐えながら、かつてはブラハエルだったその猫ちゃんを訝しげにじっと見つめるアンフェルティア。開いた口からじゅるりとちょっとよだれが垂れているのが不穏でしょうがない。


「ブラハエル、という存在は一個体しか存在できない。ある意味、対処法としてはこれが正解なのかもしれないわね」


「し、しかし、我のコレクションが……」


「めちゃくちゃ未練たらたらじゃない。そんな大切なモノならちゃんと管理しときなさいよ」


 そして、その大きな金色の瞳に全くもって敵意も、それどころか善意もなさそうなのを確認すると、アンフェルティアは、おそるおそる、といった風情でゆっくりとブラハエルの頭を撫でた。「なん」ちょっとだけ鳴いたブラハエルは、気まぐれな猫ちゃんらしく、女神に対しても本当に何も思っていないのだろう、ステラに抱きかかえられながら、きゅっと目を閉じるだけだった。


「カ、カワイイ……」


「ほらな?」


「なんでアンタが自慢げなのよ」


 というわけで、ブラハエルとの訳のわからぬ悪魔合体によって、あれだけあったはずの自慢の魔道具も失われ、いよいよ本格的に役立たずの様相を呈してきたわけだ。


 最強の熾天使だった俺、なぜか引退魔王のレアアイテムのせいでただの猫ちゃんになって、美少女な魔王に抱かれています。~今から魔王を殺せと言われても死という概念すら超えて万象一切殺すことができるはずだったのだが、もふもふになってしまったのでもう遅い~


 これもある意味では、転生、ということになるのかなあ。こういうパターンもあるのか。……あるのか?

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