フルアーマーヘラちゃんルプスレクス
そもそも、我らは戦闘するつもりは一切なかったわけで、こんなボス級の相手とのエンカウントなぞまったくもって想定外だ。
我らはここに来るにあたり、著しく弱体化している。無尽蔵の魔力はなく、そのために魔法は使えず、そして、身体能力の強化すらできない。
つまり、今の我らは生身の人間の美少女と何ら変わらぬ性能しか持ち合わせていないのだ。「小生は美少女というにはいささか身体が大きい気が」「黙れ、ムダに発育ばかり良い喪女め!」「理不尽!」
ならば仕方あるまい。我がやらなきゃ誰がやる。
「久しぶりの戦闘描写だ、腕が鳴るなあ!」
魔法陣の展開、格納している自慢のアイテムを取り出す。安心してほしい、これらを魔法陣から連射するようなことは今の魔力ではできぬし、我はアイテムは大事にする方だ。某金ピカとは違うのだ。差別化はちゃんと計ろうと思います。
右手にはどろりと不定形に蠢く影の短刀、左手に我が小さき身の丈を越える長大な槍、頭にちょこんとのせた黒いミニハットには我が顔を妖しく隠すレースが付いていて、両足にはがきりと無機質に軋む機械的なピンヒールのブーツ、腰のコルセットドレスがキュッと我の華奢な身体を引き締め、肩にかけたキラキラのスーパーマイクロバッグは何の役にも立たぬ。
これぞ、我が完全武装。完璧にカワイイ最強コーディネートじゃい。
とは言いつつ、これで勝てるとも到底思えぬ。ぐぐっと自身の細い両手にのしかかるこの重武装の重みを感じる。く、生身の人間の美少女というのは、なんとか弱くいたいけでいじらくしも儚げなのだ。
これでは生き延びるだけで精一杯ではないか。
「ここまで来て、ステラの顔を一目も見ずに帰ることなぞできぬ」
「ヘラステてぇてェ」
「神の御慈愛を受け入れなさい」
話の噛み合わぬ相手といつまでも会話しても時間の無駄。こんなところで足踏みしている場合ではない。あと、父と娘ではてぇてぇは成立しないだろ。
ブラハエルは金色の瞳をゆっくりと閉じた。その無機質でありながらどこか物悲しげな表情はどこか慈悲深く見えてしまう。だが、きっと、こやつの表情は。
かしゃり、滑らかに変形してレーザーキャノン砲と化した両腕、空高くその場で静止しながら、照準を我らに。ノーモーション、警告もなく撃ってきやがった!
がぎり、軋む最硬速度、フルオートで絶えず変型と調整を繰り返すブーツ、指向性のある光の乱射を軽やかに躱し続ける。あやつの表情に意味なぞない、あやつには神の意思を遂げる、という機能しかない。
ちらりとサクリエルの方を見ると、あやつは石柱の影に隠れて頭を抱えて縮こまっていた。あやつめ、帰ったらお仕置きか?
ブラハエルは6枚の翼を大きく広げ、ジェットターボのように光を放ちながら空高く高速飛行。そして、超高光量の極太レーザーを連射。その光は大地も神殿も関係なく触れた箇所を抉り取って何の痕跡も残さない。舞う砂埃さえ光となって消える。
そんな理不尽極まりない攻撃をギリギリで躱すように光の神殿を駆け抜ける。高速戦闘を無理やり可能にしてくれている機械的なブーツが、ぎしりぎしりと不穏に抗議し続けている。のに、構ってられる余裕はない。
「これでは埒が明かぬなぁ!」
コルセットの変形、腰に装着された機械的機構が我が黒きゴスロリドレスと合わさってスカートバーニアへと変わる。これ! こういうのでいいんだよ! こっちにも変形はあるもん! 猛烈な噴射音、残り少ない魔力による起爆推進。突如として感じる身体が押し潰されるような超急加速。いざ、空へ! 突き刺さる大気。どんなものにも孔を穿つ、という機能を切っ先に持つ長大な槍を正面に構えて、突貫、瞬時に肉薄。爆発的上昇、ぎしり、過負荷。
しかし、光の速さを越えるような不可解な移動で瞬時に距離を開けられる。ふむ、女神から最強と言われた天使の性能は伊達じゃないか。
空中で即座に方向転換、不定形の小剣がぬるりと蠢いてさらなる追撃。も、レーザーの眩い光に阻まれて影が届かない。我は静かに地面へと着地する。否、ほとんど墜落か。バーニアは砕けるようにまたコルセットへと戻ってしまった。クソ、もう魔力切れ。これで、空中戦闘は不可能か。
着地の衝撃にすら耐え切れずに思わず膝をつく。マッドサイエンティストどもめ、ここまで忠実に人間の美少女を再現しなくても良いものを、変態的なこだわりはやはりマッドサイエンティストというべきか。あとでちゃんと言っとかねばならぬな、ロリコンは犯罪です、と。
「神の御加護を貴女にも」
「誰があんな性欲の女神の加護なぞいるものか」
この重武装での高速戦闘は分が悪い。
それに加えて、あやつには周囲の潤沢で純粋な光のマナによるほぼ無尽蔵のバックアップがある。あの高出力のレーザー砲も撃ち放題だし、なんなら回復だって何度もできるだろう。
ごとり、万象突き穿つ破砕の槍を投げ捨てる。これは今の我の細腕ではあまりにも重いし、切っ先にのみ破壊の機能を持つそのピンポイントすぎる特性故に、人智を越えた超高速で動くブラハエルには攻撃を当てることができない。
そして、影でできたこの剣もおそらくこの忌まわしき天界の光に掻き消されて刃を形成できない。左手から小剣を手離すと、それは恨めしそうに我の影の中にどぷりと沈んでいった。
「チッ、天界というやつはお高くとまりやがって。やはり気に入らぬわ!」
高位次元存在が我らをどう見ているかなぞわかりきったこと。
我らは一枚の紙に描かれた絵の登場人物がその中で動いているのを見ても、別にそやつはこちらには干渉できないのだからどうとも思わない。
神や天使が我らに思っているのはそれと同じだ。
我らの攻撃は届かない。文字通り次元が違うのだ。
こやつらの前ではどんな攻撃でもただじたばたと足掻いているに過ぎぬ。その慈悲深く閉じた瞳には何も映っていないのだ。
「はッ、神の御心のままに、とはよく言ったものよ」
苦々しくそう悪態を吐くが、ブラハエルにはもちろん届かない。あやつは遥か高みから我を見下ろしているに過ぎぬのだから。
あやつとの接近戦は無謀、ならば、我が次なる手は。
目には目を、歯には歯を、レーザー砲には銃弾をくれてやる!
ゴシックで可愛いミニハットは魔法補助装置だ。今ならば、残り少ない魔力量を補助する機能として有効だろう。
高々とかざした小さな両手、心許ない魔法陣の展開、それを補助魔法が取り囲む、補強、補強、補強、もはや原型を失くした魔法陣がぎりぎりと軋むように歪に回転。
「偽証空論・白痴魔弾(フェルシェン・ザウバークーゲル)!」
撃ち出されるは百発百中の悪魔の弾丸。おびただしい数の弾丸がうねる羽虫の大群のようにブラハエルに迫り狂う。
いくら補強しても一発一発の威力は我が全盛期には遠く及ばず、ブラハエルの強固なアーマーを撃ち抜くことは叶わない。が、それが全方位から際限なく撃ち込まれ続ければ。
「その罪は死を以て償えます」
両腕ごとレーザー砲を破壊、血飛沫ではなく爆炎と無機質な破片が弾け飛ぶ。光となって霧散する自身の腕を怜悧と見つめるブラハエル。
「損傷レベル:微、修復可能」
思わぬ反撃だったのか、ブラハエルはバランスを崩して大きく蛇行しながら不安定に飛行。それでも、あれだけの銃撃を浴びて、両腕の破壊、翼の一部破損、アーマーの軽微な損傷だけで済んでいる。実に腹立たしい、こやつの耐久力にも、自身の不甲斐なさにもな。
バチバチと火花を散らす両腕を再構築、腕の代わりに光でできたブレードが超高速で振動していて、掠めただけの瓦礫すらも一瞬で塵へと変える。概念とかじゃなく、あれに触れたら最後、瞬時にバラバラになってしまうな。
「即時換装とは忌々しい。メカバレのロマンをこやつはわかっておらぬ」
破損個所に光のマナが光り輝く。瞬時に修復。ここ天界では、こやつらの身体構成概念、および動力源である光のマナはそれこそ無尽蔵に存在している。こやつら天使どもは常時修復が可能。ふむ、地上で戦った時とはさすがにホームでは強さが桁違いになるな。
「神は誰にでも平等に祝福も罰もお与えになります」
ブラハエルは、超振動ブレードを構えて急降下、瞬時に到達する亜音速、光の大気の壁をいとも容易く突き破る。
防御魔法展開、同時に咄嗟に飛び退く。が、ブレードはいとも容易く、魔力で構築された防御壁を両断。さっきまで我がいた場所、ぞりんとスカートを掠める刃、いや、振動が大気を伝わって、「ッ!」我が可憐なる太ももを触れずに切り裂く。白き世界に華やぐように血が撒き散らされる。触れずとも切り裂く剣だと? そんなのに付き合ってられるか!
とにかく距離を取らねばマズい。ブラハエルは的確に我を切り刻もうと両腕のブレードを振り回しながら追撃。
幾重にも防御魔法展開、ちょこんと乗ったミニハットで出力を底上げしているはずだが、ほとんど目くらましにしかなっていない。それでもなんとか致命傷は回避。しかし、全てを躱しきることはできず、我の可憐なる身体に傷がどんどん増えていく。
頭が沸騰しそうな激痛に耐えながら、ほとんど転がるようにその場から離れる。
クソ、なんて脆い! これだから美少女というのは! もう少し判断が遅かったら左足とおさらばするところだった。それにしても、この極上の身体とカワイイ服を傷物にしおってからに、実にけしからん。いや、待てよ、普段は見ることのできないボロボロのヘラちゃんもこれはこれで可愛いか。
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