神の祝福

「な、なんかごめんね、こんなことに付き合わせちゃって」


「距離を置かれる方が切ないでござる!」


 転送の時のカッコいい姿はどこへやら、サクリエルはすっかり元の、まるでダメな堕天使に戻ってしまった。まあ、こやつはこっちの方がいいような気がするか。キモ陰キャだけど。


 それにしても、ここが天界か。


「……思った以上に殺風景だな」


 ゆっくりと目を開けると、そこは圧倒的な美しさに包まれていた。色と光が融合した空間が我らを迎え入れている。空も大地もひたすらに光が満ちている。


 もわもわした霧のような雲のような光が地面を覆い隠しながらどこまでも広がっていて、見渡す限り地平には果てがない。真白な光によって天地さえも曖昧になっているように思えてしまう。


 しかし、それ以外には何もない。


 はるか遠くに、何か光で出来た建造物らしきものが漂うだけで、地形はひたすらに平坦だし、海や川らしきものもない。空には光でできた雲が浮かんでいたが、それはそこに何千年と停滞しているようだった。


 実に単調でつまらぬ景色だ。これを人間はありがたがって、やれ神秘的だ、やれ極楽浄土だと崇め奉るのだから世話ないな。


 我らが転送されてきた場所は、どうやら巨大な屋根を石柱で支えた神殿の中らしく、どこまでも高い天井も我の身体の何十倍もある太い石柱も、眩しいくらいに真っ白でこれらも全て光り輝いているようだった。この神殿さえ、どんな素材を使って、どうやって作られたのか全く見当もつかぬのだ。


 地上の概念や法則なぞはここでは何の役にも立たぬのだろう。


 これこそが、神の住まう次元。


「ふむ、なんとなく落ち着かぬな」


「小生らは魔物ですからな、天界は完全にアウェーでござる」


 我らはどちらも漆黒を身に纏っている。我はフリフリの激カワゴスロリで、サクリエルは真黒なワンピースドレスに黒い翼まで生えている。こんなにも白しか色がない世界では、まるで、何も書かれていない白紙の本に付いてしまったインクの染みになってしまったようで。


 そんな何とも言えない居心地の悪さにうんざり辟易していると。


「侵入者を発見、即時粛清を開始します」


 突如、機械的な音声が我らの上から降り注ぐ。それはあの時の無機質なサクリエルの声音を思わせた。なんだ、査察の時間もないじゃないか。


 咄嗟に見上げれば、そこには光に包まれた巨大な6枚の翼を広げた忌々しい熾天使のシルエット。


「さ、最悪でござる! まさか神の祝福、ブラハエルの神殿に転送しちゃってるでござるか!?」


 珍しくサクリエルが陽キャに会ったとき以外に恐れおののいている。


 ふむ、こやつがアンフェルティアが言っていた、最高傑作、とやらか。位階最高位は伊達じゃないってか。


 しかしながら、いきなり強敵に会ってしまうとは我らも運がないな。まさに、はじまりの村でいきなりラスボスに出会ってしまったようだ。


「た、たぶん、女神様以外の全ての奇蹟的転送はここをポイントとして強制転送されられてしまうでござる」


「ふ、ふ~ん」


 よくわからぬサクリエルの戯言は聞き流しつつ「今大事なこと言ってたでごさるよ!?」、我は今まさに目の前に降り立つ神の祝福を睨み上げる。


 光の中から現れしその姿は、まるであの女神そのままを模倣したようだった。


 あの忌まわしきお調子者の女神、アンフェルティアのその色彩は無色透明。


 しかし、こやつは違う。


 こやつの色彩は紛れもなく、金色、だ。


 アンフェルティア同様に、足元まである長く美しい髪は金色に輝いている。無機質な白い肌ですら、微かに輝きを帯び、その機械的な印象を一層際立たせている。金色に輝く大きな瞳には、感情らしき光はなく、瞬き一つせずに冷徹に我を見据えていた。


 すらりとした長身に、シンプルな金色のドレスを身に纏い、自身からも眩いほどの輝きを放ちながら空に静止する。


 どこの誰よりも神々しきその姿に、思わずにやりと口角が上がってしまう。


 実は、女神信仰というのは、こやつを見間違えただけではなかろうか。地上の村々をあてもなく渡り歩く庶民派なアンフェルティアを見て信仰が生まれようとはとても思えぬもん。


 同時期に創られたらしいサクリエルとは正反対、陽と陰、光と闇のようだ。


「こんなところで二極化されるとか貴様もずいぶんと悲しい存在なのだなあ」


「うおおおおおおん、そんなふうに憐れまれるのが一番SAN値に直撃するでござるよ!」


 ブラハエルが、自身と瓜二つの姿をしたサクリエルの醜態をどういう気持ちで眺めているのか、眉一つ微動だにしないその機械的な無表情からは一切読み取ることができなかった。いや、もしかしたら、虫けらは視覚には感知しないのかもしれない。


「なあ、貴様は我を殺せると女神のたわけが言ってたが、本当に~?」


「鏖殺モードに切り替えます。犯罪係数オーバー300、執行モード:リーサルエリミ」


「やめろ! ほぼ完全に言っちゃってる!」


 我が目の前でがしゃがしゃと滑らかに身体の構造を変形させる様は、生物、というよりは機械の方にこそ近しい。というか、そういうカッコいい変形機構は我ら主人公サイドにこそふさわしいのでは!?


 しかし、こやつめ、完全に聞く耳持たず、か。


 もはや、その性質は機械に近い。


 対話は不可能。神による命令を忠実に実行するだけの存在。まさに被造物といったところか。


 だが、それでは疑問が浮かぶ。


 命令に従うだけの機械でありながら、それならば、どうして絶対的な主である女神より離反したのだ?


 エラー? バグ? 非定義による定義汚染? とにかく、こやつには女神にすら予測不能な何かが起きていることは間違いない。あやつも、もう少し自分が創ったものに責任を持ちなさいよ。


「おい、サクリエル、貴様、戦えるか!?」


「む、無理でしゅ~、小生、すでにエンシェントデーモンに変質しているので、天界では光魔法とかカッコいいポーズはできないのでござる」


「このおっぱいの悪魔め! 何のためにここまで来たのだ!」


「ほ、ほげぇ、胸をはたかないでくだされ!」


 天より堕とされ悪魔と成り果てたサクリエルはマジで戦力外だ、何の役にも立たぬただのおっぱい要員でしかない。「ひ、ひどい!」


「貴様、悔しくはないのか! 貴様とそっくりな顔の同期がこうもキラキラ輝いておるのだぞ! 貴様の人生、いや天使生だってこうなっていたかもしれぬのに!」


「それをヘラ氏が言っちゃうのはなんが違くないでござるか!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る