「やはり私達に推理モノなんて無理があったのです」


「グロリアが言うと説得力が違うな」


「所詮私達魔物はファンタジーなのです。人間の道理で私達が推理モノをしようとするのが無謀の極み」


「すごい力説するじゃん。そういうのもあると思うけどね、我らの技量では無理ってことよ」


 結局反論の余地なく屈強な船員どもに組み敷かれて、グロリアの死体(死んでない)とともに自身の部屋に監禁されることになってしまった。


 ぎしり、後ろ手に固く結ばされた縄にうんざり吐息。


 ここで抵抗して暴れてももう仕方もない。せっかくの船旅はもう台無しだ。


 犯人として捕まっていた方が面倒にならなくていいまである。逃げようと思えばいつでも逃げられるしな。


「で、あの不可解な状況は何だったのだ? 探偵すら混乱させるとか一体何があってああなったのだ?」


「はい。ひっそり厨房まで行ったはいいのですが、事件で落ち込んだみんなにせめて美味しい料理で元気付けようとしていたシェフが大変そうだったのでお手伝いしようとしたら、包丁を自分の胸に刺してしまって、引き抜いたはいいのですが、傷口が開いたままでいるのも良くないかと思い、一度溶けてその場を離れ、包丁を持ったままだったことに気付いて戻ろうとしたらまた転んでしまいまして、それをたまたま目撃されてしまいましたので、誰かに刺されて死んだことにしたのです」


「このおっちょこちょいめ!」


 話が長くてややこしいが、つまりは、ただのうっかり事故だ。


 犯人なぞ最初からいなかったのだ。こっちこそ、本当に事故だった。


 とんでもないおバカなのに下手におせっかい焼くからこうなる。いつだって、働き者の無能ほど余計な仕事を増やす。今のままではいけないと思います。だからこそ我は今のままではいけないと思っている。


「結局、殺人犯なんていなかったんすね」


「全く面倒起こしおって」


 オフィーリアが、波が揺れる暗い空にその黒い羽を羽ばたかせてながら船室の外の窓をコンコンと叩く。お、どうにかイカれた死体愛好家のところから脱出してきたみたいだな。死してなおその肢体だけで男を魅了してしまうとは、サキュバス恐るべし。


「で、オフィーリアはどこにいたんだ?」


「え? アタシ達の部屋っすよ?」


「………………は?」


「船長室に誰もいなくて、仕方なく部屋に戻ったらヘラ様いないんすもん。焦りましたよ。で、やっべぇと思ってたら、いい感じに美味しそうな男達が部屋に来たんで、そのまま精気いただいてました」


「みんなが寝泊まりする部屋で何やってるの!?」


「あ、次はみんなで楽しみます?」


「そうじゃないわ!」


 女だらけのパーティで旅するオフィーリアにとって、確かに久しぶりの食事だ。ぺろりと舌なめずりをして、あの時のことを思い出しては恍惚な表情を浮かべている。


 オフィーリアを探していた男どもが次々と行方不明になってたのはこやつのせいか。サキュバスと若い男どもの相性が悪すぎる。性欲の獣どもに餌を与えちゃダメよ。キミ、一瞬犯人扱いされてたんだぞ。


「で、外が騒がしかったんで男達の幻惑を解いて一緒にそっちに向かおうとしたら、いい感じのショタがいて、つい」


「つい、じゃないわ。こんなとこでショタの性癖を歪ませてどうする」


「で、そのショタがまあ、色々と規格外で、まさかの完全敗北、完全屈服ルートで、足腰立たず廊下で倒れていたところにヘラ様が来たって感じっす」


「それ、ステラには言うなよ、全おねショタを憎むあやつに殺されるぞ。で、そのショタはどうした?」


「あ、一応幻惑してたんで記憶はなくなっているはずっす。母親のところに行ったと思いますよ」


「身体の奥底に快楽が刻まれていなければいいが」


 そうか、人間の子どもならどこを歩いていても別段気にしないし、もしかしたら、物陰にいて誰も気付かなかったのかもしれぬ。騒いでいたのは母親くらいだろう。


 そして、とりあえずお母さんの元に返してあげるのは魔物としてはどうなのだろうか。そのたまに出る黒ギャルの優しさみたいなのが刺さる層にはよく刺さるんだよなあ。


「それにしても……」


 なんだか何かが引っかかっているような気がするが、ま、探偵モノでもないし気にするほどでもなかろう。人間のことなぞ興味もないしな。


「ま、いっか」


 では、あの時、どうして最初の事故は事件だと判断したのか。


 そうだ、探偵のやつが死因を見誤ったからだ。結局事件ではなくただの事故だったみたいだが。


 しかし、そうではなかったら?


 推理モノで探偵が主役ではないとき、そやつははたして何者なのだろうか。


 あやつの主観が見えない我らには、その推理に至る過程は見えてこない。我らにはあやつの動きはわからないのだ。


 そして、自称探偵を証明するものを我らは何も知らない。


 あやつが探偵だと名乗ったから、我らはあやつを探偵だと思ったに過ぎぬ。


 もしかしたら、最初の事件はやはり殺人事件だったのではないか。そうだとしたら、なぜあやつはそれを見逃したのか。


「あ」


 もしかしたら、真犯人は。


 その時。


 コンコンコン、ドアを叩くノックが三回鳴った。

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