乗員乗客達はいきなりメインホールに集められてざわざわと動揺しているようだ。


 まあ、ワトソン君も半信半疑でみんなを集めたみたいだからそうなってしまうのも無理はなかろう。


 ちなみにグロリアの死体は布を被せられて未だにこのホールの隅に安置されている。可哀想なやつだ。


「ところで、さっきまで姿が見えなかった人達もちゃんといますね。どうかしたのですか?」


「い、いや、俺達も良く覚えてねえんだけど、お嬢ちゃんの護衛を探している間に、いつの間にかここまで来ていて……」


「なんか気持ち良かった気がするのだけは覚えてるんだけどな……」


「まあいいでしょう、誰も殺されていなくて良かったです」


 いや、いいのか? しっかりこやつらも怪しいぞ?


 そして、ため息と共にさらっと怖いこと言うじゃないか。こやつにとって殺人事件なぞ日常茶飯事なのか? よっぽど治安悪いとこに住んでるのか?


 探偵とワトソン君の間に挟まれながら、ちょこんと立つ我は、なんだかいたたまれない面持ちをしていることだろう。


 いや、もう完全に詰んだのだが。


 今からやってもない殺人のトリックを暴かれてしまうのだが。


「皆さん、おくつろぎのところ申し訳ありません。この事件の真相がわかりましたので皆さんをお呼びしました」


「お、おお! そうか、それで真犯人は誰なんだ!」


 小粋な探偵ギャグにも気付いていなさそうな必死の形相のおっさんが探偵に詰め寄るが、探偵は黒革の手袋をした右手で優雅にそれを制止する。


「まず、第一の殺人についてです、」


 そうだ、それは我ら以外にもアリバイが証明できぬ者だとたくさんいるだろう。ここでこやつの推理を弾丸論破すればまだ疑いを晴らすチャンスもあるかもしれない。


「これは、おそらく事故に見せかけた殺人のように見える事故です」


「は?」


「致命傷と思われた後頭部の殴打ですが、これはただ単に頭をぶつけただけの可能性が高いです」


 な、なんじゃそりゃ。推理モノにあるまじき下らぬ顛末じゃあないか。いや、推理モノじゃなかったわ、ただの先代魔王お忍び領地査察紀行か。


「問題はここからです。ヘラさん、グロリアさんがどうして部屋の外にいたのかご存知ですか?」


「あ、い、いや、我があやつにディナーの催促をしてこいと……」


 何を今さらグロリアの行動を確認しているのだ。それは別に疑わしいことじゃないだろ。我は潔く理由を話す。


「しかし、それではあの状況はおかしいことになってしまうのです」


「どういうことですか?」ワトソン君、しゃしゃるじゃん。


「それなら、厨房に向かったと思われるグロリアさんを誰かしらが目撃しているはずですよね。しかし、彼女の姿を見た者は誰もいない、もちろん厨房のシェフ達も、です」


「ぬ、ぬぅ、しかし、そんなのは偶然見た奴がいなかっただけだろ」


「では、彼女の胸を一突きにした包丁はどこから?」


「へ?」


「どうして人が大勢いた厨房の包丁が凶器になっているのか。それは彼女自身がこっそりと持ち出したからではないでしょうか」


「そ、そんなことをして何の意味が」


「貴女、グロリアさんと何かトラブルでもありませんでしたか?」


「な……ッ。な、ないわ、そんなもん!」


「そうですか、まあいいでしょう。では次の事件について」


 こやつは何を言いたいのだ。我がいざこざのどさくさにグロリアを殺したとでも言いたいのか? そんなん、いつだってあやつは我をいらっとさせてはいるが、殺すほどの動機にはならぬだろ。


「第三の事件、オフィーリアさんが廊下で心肺停止状態で倒れていました。目立った外傷はなく、おそらく毒殺かと思われます」


「それはどうしてですか?」


「ワトソン君は感じませんでしたか、あの場に微かに漂う饐えた臭いに」


「あ、そういえば」


 いや、それは貴様らの方がお馴染みの臭いやろがい。思春期男子の一人部屋のゴミ箱の臭いと一緒だぞ。


「あれこそ毒物を使用した形跡に間違いありません」


「…………」


 反論しようにも、あれはナニのアレです、だなんて公衆の面前でこんな可愛らしい美少女が言うのは羞恥プレイ以外の何物でもない。我は無様に口をパクパクさせることしかできなかった。


「ヘラさんとオフィーリアさんにはアリバイがありません」


「お、おい、あやつらはともかく、我はワトソン君と一緒にいたんだぞ、アリバイなら」


「ヘラさん、貴女は本当にずっとワトソン君と一緒にいたのですか?」


「あぇ?」


「あ、そういえば、オフィーリアさんを見つけたとき、ヘラちゃんはボクと二手に別れようと提案しました。だから、ボク達はほんのわずかですが、アリバイがありません」


「そ、それならワトソン君が犯人の可能性もあるだろ!」


「いいえ、それはあり得ません」


「なぜだ! ワトソン君が我とは反対から来てオフィーリアを殺し、後からやって来ることだって」


「だから、それは不可能なのです」


「なぜ……」


「それを今から照明しましょう。さ、こちらへ」


 探偵は我を淑女のように恭しくエスコートする。なんだ、この余裕は。いや、我だって別に追い詰められているわけじゃない。だって、本当に犯人じゃないもん。


「な……」


 あたかも連行されているかのように有無を言わさず探偵とワトソン君の後を付いていった我は、そこで言葉を失って立ち尽くす。


「ほら、ワトソン君にオフィーリアさんの殺害は無理なんですよ」


「だって、ボクは行き止まりから引き返して来たんですもん」


 ワトソン君の言う通り、我らが二手に別れた先の突き当たりには客室があって、引き返さなければそこからは絶対にこちら側にはたどり着けない。そしてーー


「ヘラさんはこの廊下で誰ともすれ違わなかった、そうですよね?」


「あ、ああ、確かに誰とも会っていない」


「ヘラさんがいた廊下の先も同じ構造になっています。つまり、あちらも廊下の先は行き止まり」


「あ、それじゃあつまり」


 ワトソン君だけじゃない、他の乗員乗客のほとんどがその可能性に気付いた。あまりの超展開に狼狽える我を射貫くような視線。


「そう、すれ違わなかったということは、犯人は客室のどこかに潜んでいたか、あるいは」


「客室はみんなで全てチェックしました。誰かが直前までいた形跡はありませんでした」


「ということは、もうひとつの可能性、いや、これが真実、ということになりますね」


「いやいやいやいや、待て待て! 我じゃない、それでも我はやってない!」


 しまった、これじゃあほとんど自白したようなものじゃないか! 悪あがきが一番良くない展開だ。


 終わった。我の楽しい船旅は、終わってしまった。


 我は絶望的な気分でがっくりとうなだれ、物悲しいBGMにメインホールがゆっくりと暗転するに身を任せる他なかった。

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