ダンジョンのおともに

「うははは、良かったな! 我と出会えた貴様はもうこんなしょーもないダンジョンなぞ楽勝クリアだぞ!」


「???」


 そやつは何が起きたのかわからない、という風にきょとんとしながら、我の少し後ろを付いてきていた。


 自身の前をウキウキで進む、全く見覚えのない、しかも、こんな陰気臭いダンジョンには不似合いな銀髪ゴスロリ美少女の謎のテンションの高さも相まって、この状況を理解不能なのだろう。


 ふふふん、こやつのように我の後ろに付いてくるこういう従者っぽいのも悪くない。グロリアとオフィーリアはなんか友達っぽいんだよなあ。それはそれでいいんだけど。


 未だ混乱している名無しを引き連れながら、我らは少し急な次の階層への階段を慎重に降りる。「押すなよ、絶対押すなよ!」「???」


 さて、次の層だ。ずっと後ろにいたこやつの顔を改めて松明で照らしてみる。


 揺れる松明の赤に映るは、茶色の長い髪をポニーテールに結んだ小柄な少女。不安そうな表情は、きっと自身に起きている状況を未だ掴めていないからだろう。


 まさかの健気な感じの女子、しかも、話を聞くにゴリゴリの前衛職、ファイターだとは思わなかった。こういうところにも、ギャップ萌え。


 ぱっと見でこやつのジョブがわからなかったのは、もちろんこやつの気弱そうな雰囲気もあるが、どちらかというと、それを推察できるほどの大した装備もなかったからだ。


 あんな装備だけでこのダンジョンに挑もうとは。今も生き返らせたまま、着の身着のまま、こやつの装備は乾いた血でまだらな黒に染まったボロボロの薄いワンピースに茶色の革でできたショートパンツだけ、という簡単な衣服だけだった。靴すら見つけられなかった。


 いくら己の拳だけで戦うファイターとはいえ防具も籠手もないのはいささか不自然に思える。


 そして、もう一つの疑問。


 他の仲間はどうしたのだろうか。周りにはこやつ以外に他に死体は見つからなかった。こやつはこんなところまで1人で来たのか、それとも。


 そこまで考えて、我にふと、ある疑念が浮かぶ。いや、まさかな。


「ま、良いか」


「???」


 こやつの生前のことは我には関係のないことだ。


 こやつはただの話相手。所謂マスコットキャラクター的なやつだ。ダンジョン攻略にあたり、特に役に立ってもらおうなどと考えてはおらぬからな。我、ひとりでできるもん。


「そうだ、貴様の名は何と申すのだ? 名無しでは呼び辛いからな」


「……あ、わたしは、えっと……」


「ふむ、まだ記憶は混濁しておるようだな。まあよかろう、そのうち何もかも思い出す。我が名はヘラだ。ヘラ様と呼ぶがいい」


「は、はあ……」


 こやつのことはしばらく、名無し、とでも呼ぶか。どうせ話す相手はこやつのみ。何の不自由もない。


 こやつは元人間。ーーだった。


 だが、我が死霊術にて無理やり生き返らせた瞬間から、こやつは魔物の一員、アンデッドとなったのだ。


 ま、まあ、我が張り切っちゃって魔法出力の調整を間違えたせいで、アンデッドを飛び越えて、その上位種族である、リッチになってしまったが。つまり、こやつはもはや魔物だ、しかも、我が直々に魔力を与えてやった、かなり強力な、だ。


 だってだって、スケルトンのままでは、言葉を発声できない上になんか表情が読めなくて寂しいんだもん! ちょっと頑張って生前の姿までネクロマンスしてみました。ふふん、我はなんでもできるのだ!


 これで楽しいダンジョン攻略ライフを始められるってもんだ。


「さあ、張り切っていくぞ!」


「お、おー」


 よくわからないままに我に合わせてくれる名無し。お、いいぞ、ダンジョン盛り上がってきたじゃあないか! これでだらだらせずにすむ。マンネリは良くないからな。


「というわけで、さっそくモンスターがあらわれた!」


 いいね、ダンジョンマスターも展開わかってるじゃん。ステラと共謀し我を陥れた時点で評価は最低どころかマイナスだが、一応公正な査察としてほーんの少しだけ評価しておこうか。


「ほれ、とりあえずこれを使うのだ」


「え、あ、ありがとうございます」


 我は、虚空より取り出した簡単な籠手と頑丈そうな靴を渡す。いきなりごついロマン武器を渡しても仕方ない。ここは名無しの実力をはかるためにも初期装備だけでいいだろう。


 ワンチャン、我が身体を動かす手間が省けるからな。我のような豪奢でか弱き美少女がこんな地味なダンジョンでド派手に立ち回っても特に得られるものもないし。別に面倒くさいわけじゃない。


 さて。


 さくせんはどうする。ここはレトロにコマンド方式なのか、それとも最近のファイナルなファンタジーみたいにシームレスなアクティブタイムバトル方式でいくべきか。実に悩ましいところだ。はたして我らは、ガンガンいこうぜ! できるのか? それとも、アビリティコマンドを発動するのか?


「何の話です?」


「いや、我のことは気にせず貴様はモンスターをやっつけてくるのだ!」


「は、はい」


 リッチは魔法を使うことの方が得意な魔物だ。アンデッドが知性と魔力を得て進化するから当然だ。しかし、いくら上位種族になったとしてもその身体は腐敗が進んでいて脆く崩れやすい。こやつがリッチになったとき、その身体能力はどうなってしまうのか不安だったが。


「ふむ」


 どうやらその心配はないらしい。


 こやつ、意外と強いぞ。ファイターとしての能力に魔力は一切関係ないはずだが、こやつは身体能力だけで魔物を倒し続けている。魔力を使えばさらに身体能力を強化できるはずだが、こやつはそれすらもしていない。


 我が魔力の影響か、白骨から身体を再構築したおかげか、その華奢な身体には腐敗もなく猛烈な打撃の度にその身体が崩れる、ということもない。


 華奢な身体付きに見合わない、いや、だからこその大振りかつ的確な打撃により確実に対象の急所を突く。それでも、その動きがまるで舞踏のように思えてしまうのは、きっと滑らかでしなやかな彼女の立ち回りのせいだろう。


 群がる魔物をあっという間に倒し、我の下に駆け寄る名無しは少しの疲れも見せず。リッチになったのだから当たり前だが、もちろん息も切れていない。


「この装備、すごいです」


「いや、これはキミの実力だ、お見事、名無し」


 もしかして、我はとてつもない逸材を手に入れたのかもしれぬ。思ってもみなかった掘り出し物を見つけたときってなんかテンション上がるよね。

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