ダンジョンの終わりに君を待つ
「とうとう見つけたぞ、サクリエル! よくも我を謀ったな」
「うひぃッ、どうかお助けを~」
我がどばーんッとドアを蹴破るなり、そこには、さっきまで着ていたであろう服を秒で脱ぎ、下着まで綺麗に畳み、その横で深々と土下座するエンシェントデーモンの情けない姿があった。
ぼさぼさで全く手入れされていない伸びっぱなしの黒髪が、無数のゴミが散らばる床に振り乱れていて、彼女の土下座の勢いを物語っていた。なんか部屋全体がくせえのら。
「あ、あの~、ヘラ様、この人がダンジョンマスターなのですか?」
「ああ、正確には人ではなくエンシェントデーモンだ」
丸まった白い背中には黒い翼が傍の服のようにしおらしく折り畳まれている。
そう、彼女こそは、エンシェントデーモンにして初めて神界より堕ちてきた最古の堕天使、神の贄たる者、サクリエル。
何があってこんなくせえところで全裸土下座なぞしておるのかはさっぱり不明ではあるが、まあ、こやつもきっと女神のわがままに付き合ってられなくて堕天してしまったのだろう。それで魔界まで堕ちて、エンシェントデーモンになっちゃうのはどうかと思うが。
いや、そんなことよりも……!
ちょ、ちょ待てよ! 紆余曲折を経て、結局我と名無しの大活躍は大幅カットされてしまった。あれ~? おかしいな~? こっちの方が大問題だろうが! せっかく名無しを復活させて話相手にしたのに!? き、きっと番外編、そ、そうだ、ダンジョン探索編としていつか語る時が来る、きっと来る! 季節は白く!
「クソ長いダンジョンなぞ作りやがって、こんなん誰も攻略できぬではないか!」
「い、いや~、小生できるだけ働きたくなくて」
ほとんど八つ当たり気味に怒鳴り散らかすと、にへらと粘っこく笑いながらそっと顔を上げるサクリエル。こやつの大悪魔としての威厳はどこにいってしまったのか。これでは、ただの生きているだけで害悪なだけのくせえ喪女ではないか。
生気のない黒い瞳。卑屈な笑み。病的に白いガッサガサの肌。よれよれのきったねえ衣服、いや、もはや布きれ(今は全裸)。そして、ゴミだらけのくせえ部屋。これがダンジョンの最深部で待ち構える者の姿だと申すのら?
「ちゃんと身だしなみを整えろ、貴様も女の子だろうに!」
「ひ、ひいぃッ、す、すいませんッ!」
「まずはそのまま風呂に入ってこい。話はそれからだ!」
まさか、この我が女の子にこうして説教するとは思わなんだ。我は先代魔王だぞ、別に女子力は高くないのに、それを大幅に下回る残念な大悪魔がこんなところに引きこもっておろうとは。
サクリエルは、全裸土下座からかさかさとゴキブリみたいなキモい四つん這いのまま、キモい動きで部屋の奥へと消えていった。マジでキモいな。せっかくのエンシェントデーモン、堕天使の称号が台無しではないか。
「――とりあえず、名無しに命じて部屋は片付けておいてやった。ほとんどゴミだったので我が魔界の業火で全部焼却しておいたぞ」
「おぎゃあああおおああああああああッッッッ!!??」
なんだなんだ、良かれと思って片しておいてあげたのに、ほかほか風呂上がりの全裸のまま断末魔を上げて泡を吹いて仰向けに倒れて死んだのだが。さっきから何なのだ、こやつは。
「安心するがよい、ベッドの下に落ちていた大事そうな薄い本はちゃんと机に置いといてやった、我が慈悲に涙を流しながら感謝するがいい」
「ぎえぴいいいいいいいいいいいいッッッッ!!??」
奇怪な叫びを上げて白目を剥きながら、よくわからぬがとどめの一撃を喰らったのか、致命傷でぴくぴくと痙攣している。ゴミ虫みたいだな、まるでダメなオタクのようじゃないか。完成度たけーな、おい。
しかし、改めてしっかり見てみれば、なんだ、こやつ、身なりを綺麗にすればちゃんと美しいではないか。
あまりにも長い髪がぼさぼさで、全く見えなかった禍々しい二本の曲がった黒い角、黒髪に隠れていて、しかも今は白目しか見えぬその大きな瞳はブラックオニキスのように真っ黒だった。まあ、卑屈で陰鬱そうな眼差しは風呂に入ったくらいでは変わらぬが。あとでスキンケアもしてやるか。
しかも、無駄にちゃんとご立派なたわわなお胸もお持ちだ。ノーブラでこの重量感は中々の物だぞ。宝の持ち腐れ、我が引き千切ってやろうか。
「我だってどうせなら巨乳が良かったのに」
「ぐえ」
八つ当たりに仰向けのままのサクリエルのおっぱいをぶるるんっと足蹴。変な音を喉から発するサクリエルのなんと無様なことか。
まあ、これだけの醜態を晒しておいて、それを差し置いても、さすが、元々は神によって創られし神の御写しだ。忌まわしきあやつの美的センスはしっかりと反映されておる。残念系美女といったところだろう。黙っていて、かつ、動かなければ綺麗なのに、生きているのが実に残念だ。
「呆けてないでさっさと服を着ろ、サクリエル」
「は、はひッ」
我の一喝に力無く蘇生。大事なものを失って魂が抜けきったかのようなだらけた表情のまま、サクリエルはのろのろと服を、というか、だぼだぼのTシャツだけをのそりと着る。
ちょこんと部屋の隅に正座するサクリエル。所在なさげにきょろきょろと視線を動かし、今すぐにでも全裸土下座しそうなほどキョドっている。
「そ、それで、小生はどうなるのでござるか、武士として処されるのござるか?」
「まあ、処す」
「死にたくないでござる、死にたくないでござる!」
「武士にはあるまじき発言だな」
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