ある意味これも査察ということで。
「というわけで、キモヲタへの解像度が低いまま滅ぼしてしまうのはいささか忍びないので、ものすごくイヤだが少しこの街を査察してみようと思ってな、」
「それでメイド喫茶ってあまりにもベタすぎません?」
「え、そうなの!? サブカルと言ったらメイド喫茶だとばかり」
「ヘラ様、それ、古い情報なのでアップデートしてください。彼らキモヲタはもはや対人コミュニケーションを取れるほどの対話能力はありません。彼らが話せるのはごく限られた者だけなのです」
「ついにそこまで極まってしまったのか」
つまり、我らに最初に声を掛けてきた糞豚も、あれはあれでコミュ強だったのか。
確かに今思えば、我らを美少女コスプレイヤーと勘違いして写真を撮ろうとしていた他のキモヲタどもは、一言の断りもなく無言かつ無許可でカメラを構えていた。
あれは良くない。
コスプレイヤーに限らずどんな者にもプライバシーはある。それを許可なく撮影するなぞもっての外だ。
他の者と何かをするときは必ず一言声を掛ける。そんなものはゴブリンの子どもでもわかる当たり前の常識だ。みんな、気を付けなはれや! 我との約束だ!
「キモヲタが取れる唯一のコミュ二ケーションって、画面上のバーチャル美少女にキモコメントしたり、お賽銭投げつけたりだけなんで」
「それはもはやコミュニケーションというよりは参拝に近いのではないか?」
どうやらグロリア達の言う通り、このメイド喫茶の客足はずいぶんと寂しいものらしく、久しぶりの客……いや、ご主人様である我らは、メイドどもと近くでお話できちゃうカウンター席に通されてしまった。
「ねえねえ~、ご主人様たち~、そんな難しいこと考えてないで、ここではもっと楽しいことしましょうよ~」
「む、貴様のその耳、獣人だな? 誇り高き狩人である獣人がこんなところで何をしておるのだ」
ごとりと不穏な擬音とともにレモンスカッシュが我らの前に置かれる。
甲高い作り物っぽい声、フリッフリの機能性皆無なピンクのミニスカートのメイド服。いや、これをメイドだと言い張るのすらおこがましいが。こやつらの衣装を考えたヤツを我が魔王城のメイドに合わせてやりたい。きっとなぶり殺しにされるぞ。
ミルクティーブラウンのロングヘアをポニーテールにしたその頭には、ぴこぴこと動く可愛らしい三角形の獣耳。どうやらこやつの興味がそそられたときについつい動いてしまうみたいだ。
好奇心にキラキラと輝く大きな翡翠色の瞳が我らに向けられる。
「……なんだ、さっきから我らに興味津々ではないか」
「あ、わかっちゃいます~? だって、こんなに、カワイイ、美人、クールな美少女達が遊びに来るなんて初めてなんですもん」
「え、えへっへへぇ、て、照れるな」
「褒められるとすぐにおちちゃうじゃないすか」
「ヘラ様、チョロすぎます」
「そんなところもカワイイ~」
「や、やめろ! ディスったりほめたりするな、情緒がバグる!」
苦し紛れにとりあえずレモンスカッシュを飲んでみたが、レモンというよりは砂糖、砂糖というよりは人工甘味料、そんなチープな味をキンキンに冷やして炭酸で誤魔化した、そんな味がした。これの値段がこんなに高いのはなんか釈然としないな。
「で、なぜ貴様のような獣人がこんな街で似非メイドなぞしておるのだ」
「だって~、こっちの方が簡単に稼げるし、しかも、わたしのこと可愛いって言ってくれるんだよ~」
「貴様も色々考えてるのか」
「ひっどい~、っていうかわたしだって色々考えているけど~、ここに来るご主人様って学歴コンプとか容姿コンプとか親ガチャ失敗とか言って色々こじらせてるんで、バカっぽく振る舞った方が相手が喜んでくれるんですよ~」
「弱者男性の弄び方をわきまえていらっしゃる」
男子諸君、キミ達の下心は完全に見透かされているぞ、諦めろ! 貴様らにこのハードルは飛び越えられぬうえに、その肥え太った体型とプライドでは下を潜り抜けることもできぬぞ。
ま、この街の大体の情勢はなんとなくわかった。
この獣人メイドの言ってることはほとんど間違いないだろう。
キモヲタに救いはない。唯一の救いは死のみだ。「残酷すぎますね」「仕方ない、世のためだ」
我はレモンスカッシュをストローで一気に飲み干すと、今の我の背丈には少し高めのカウンター席からゆっくりと降りる。
「この甘ったるい人工甘味料まみれのレモンスカッシュと貴様とのハートフルな会話のお礼に、ひとつだけ忠告しといてやる」
「うんうん」
「今すぐこの街を出ることだな。ここがいつ魔王か神に攻め落とされるかわからぬからな」
「わ、すごい情報! わかった、今日のバイト代もらったらすぐ出て行こうかな~」
「すごく聞き分けがいい」
「というか、そろそろこの仕事も潮時かなって思ってたし、これからはバーチャル美少女配信者にでもなろうかな~」
「貴様はまたどこかで会えそうなほど強かだな」
そうして、我らは情状酌量の余地もない聖都から逃げ出すように、次の目的地へと向かうことにした。
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