寄り道という名の番外編:それを人は寄り道という
(温泉に)行かないか
「これこそ我が村に古くから伝わる聖剣じゃ!」
「ほえー」
次なる査察は、涙さえ凍る極寒の領地、氷閃竜領、ジギンドァガゥダ。
と、その前に。
ふわっと立ち寄ったこの人間の小村にはなんかしょーもない言い伝えがあるらしい。上の空で聞いていたから詳細はわからぬ。グロリアに聞いてもわからなかったから、こやつもぼーっと聞いておったな。
そんなつまらぬことはどうでもいいと、なんか聞き流して本日のお宿に行こうとしたのだが、なぜかこの村の奴らは我々を一向に離してくれない。我は早くここの温泉で風情ある雪景色を見たいのに!
仕方なくこの村の長だというよぼよぼのちっさいジジイを筆頭に数人の村人に取り囲まれて、この村の伝承を聞かされるハメになってしまった。そんなもん、我は一切興味ないぞ。く、くぬぅ、温泉……
ちなみに、我らはこの氷閃竜領、ジギンドァガゥダの査察に入るにあたり、服を新調している。いわゆる寒冷地仕様だ。「それだとなんか強そうっすね」「ふふふん、そうだろ?」
我は黒いゴスロリドレスの上にもふもふのフード付きロングコートを羽織り、というよりも羽織らされた。頭にもふっとかぶったフードに付いている大きな獣耳には異議を唱えつつ、遺憾の意を表明したい。それに、この可愛らしい手袋はなんだ、ふかふかじゃないか。
オフィーリア達もさすがに黒いスーツではどうしようもないらしく、仕方なく(?)、人間の商店で入手した、羽毛が詰められたもこもこの分厚い外套と「あ、これ、ダウンっていうみたいですよ」マフラーと手袋を装備していた。「つまり、山ガールってことぉ?」
スライムであるグロリア以外は別に寒さに弱いわけではないが、カモフラージュも兼ねてというわけだ。
「そろそろ私の身体が砕けてバイオレンスでセンシティブなことになりそうなのでヘラ様の人肌で温めてもらえますか、もちろん裸同士でお願いします」
「ダメに決まってる」
そんなこんなでうきうきと温泉に向かおうとしたのだが、見てくれよ、この絶望的な有り様を。温泉、温泉! ワレ、オンセン、ハイリタイノニ。
で、そんなこっちの気も知らないで、長老がしわがれた声で高らかに宣った伝承がこちら。
『ーー危難の時/訪れし三人の勇者達/聖剣を引き抜き/氷竜討ち滅ぼすだろうーー』
ざ、雑ぅ~……
こんなんどうとでも解釈できるではないか。
それでも、この村は今まさに危難の時らしく、そして、我らはちょうど3人で、いや、そんな絶妙なピタゴラスイッチ要らんって。
「ねえええ、ヘラ様ー、アタシも温泉行きたかったああー」
「我だってそうだ、なんだこの茶番は」
「どうせ聖剣なんてパチモンです、さっさと選定に失敗しましょう」
温泉に入りたい、という強い思いが高まっているのは我だけではないらしく、我の後ろからぶつぶつと不平不満を呟く呪詛が聞こえる。えーい、鬱陶しいぞ、このアマども!
みんなお待ちかねの温泉回がすぐそこなのだ。こんなところで無駄な時間を過ごしている場合ではない。視聴率に影響が出てしまうではないか!
で、温泉にも行けず案内されたのは、今にも崩れ落ちそうな薄暗い洞窟の奥、雪まじりの陽光がうっすら差し込むひらけた場所。
そして、そこにあったのは。
「いや、ちょっとした観光名所になっとるやないか!」
思った以上に賑わっておりゅ。どうしてこうなった。
だから執拗に我らをここに連れて来ようとしたのか。こんなことしなくても秘境の温泉をアピールすればいい観光資源になりそうなものを。
そこにあったのは、岩に突き刺さった聖剣の前で自撮りをする旅人やバカップルで賑わっている光景だった。横に聖剣まんじゅうも売ってるじゃん。
「しかも、聖剣引き抜きチャレンジに金取るんか」
列の最後尾に並んで受付のお姉さんにお金を払う。混雑しないように列形成まで完璧だ。なんこれ?
商魂たくましすぎる。
完全に観光資源を活かしにかかってる。聖剣を引き抜けなかった人は温泉でその汗をまったり流す。よくできておる。
我ら魔王軍としては、完全にこやつらを滅ぼしにかかっていたはずなのだが、その対抗手段をこんな形で活用してくるとは、我も思ってもみなかった。人間、恐るべし。
ま、ここまで来てしまったら、温泉のことは一旦置いといて。ちゃんと料金は払ったんだ、せっかくなんだから料金分はしっかり見学させてもらうぞ。「意外とケチケチしてるんすね」「コスパを重視していると言ってくれ」
しかし。
こんなみすぼらしいなまくらが聖剣ねえ。
我が城へと攻め入ってきた勇者どもは皆大層ご立派な武器や防具を装備して挑んできた。売ったら結構高いんで、魔王城の維持管理費としてありがたく有効活用させていただいています。
それが、この見るも無惨なガラクタが聖剣(笑)とはねえ。
今にもぽっきりと折れてしまいそうな錆び付いた剣身と、いたってシンプルな持ち手。ずいぶんと古いものだということはわかるが、それだけだ。これに、歴史的な価値以外のものは、無い。
ま、ちゃんと金も払ったんだし、引き抜くフリだけでもしてさっさと温泉に行くか。
しかし、前の観光客が剣の選定に失敗し、順番である我がのろのろと近づいた瞬間、む、こ、これは?
おおおお、感じる、感じるぞ、この感じはマジの本物だ。マジかよ。我にはわかる、これは我らを一刀のもとに滅ぼすことができるものだ。
「おい、オフィーリア、あれは正真正銘の聖剣だ、いにしえの神々が鍛え上げた最強の神器だ」
「マジっすか。ヤバ」
「感想がうっすい」
オフィーリア達はステラやシャーリイなんかの光属性に見慣れきっているからか完全に危機感ゼロだが、これはかなりマズいことなんだぞ。我ら、一応魔のものだからな、ゴリゴリに闇属性だからな。
「これさ、触れたら我にもどうなるかわからんのよ、最悪爆発する」
「そんな雑な化学反応的な感じなんすか?」
マジモンの聖剣を目の前にして、我らがそんなことをこそこそ話していると。
「聖剣を引き抜いてくれ、伝説の勇者達よ!」
お決まりの台詞なのか、前の観光客にも言っていた言葉で高らかに我らの気分をアゲて来ようとする。気分は完全に選定の剣に挑む勇者ってことね。
「おい、お前らからいけよ、我らが伝説の勇者じゃないことを証明できれば、我が聖剣に触れることなくこの危機を神回避できるからな」
「あ、そうだ、アタシ達はヘラ様の御付きなだけです、真の勇者はヘラ様なのですます」
「にゃッ!?」は、話聞いてた!?
お、おま、ちょ、お、お前、わ、我を、この先代魔王たる我をこんなにもあっさり売るとはなんたることか!
「いくらなんでも動揺しすぎではありませんか、ヘラ様?」
ねえ、なんでちょっと楽しそうなの、キミ達!? 上司のピンチにそれはちょっとひどいんじゃない?
しかし。
「そうか! 貴女こそが伝説の勇者か! 確かにただならぬ雰囲気を醸し出している!」
長老は大げさにそう言うが、ただならぬ雰囲気が出ちゃってるのは、たぶん、我が先代魔王かつ激カワ美少女だからだ。
断じて勇者のオーラは出ていない。なぜならば、我は先代魔王だから。
そう、何度でも言うが、我、先代魔王! 勇者じゃない!
マズい、我はこの剣に触れることが出来ない。いや、触れることは出来よう。
だが、その瞬間、我が魔力と忌まわしき神の加護が反発し、きっと何か爆発しちゃう的な良からぬことが起きてしまうような気がしないでもない。いや、我にもどうなるか正直よくわからぬのだ。
我と神は、いわば、水と油。どうやったって相容れぬ者同士だ。絶対あやつとは仲良くなれぬもん、あんな低俗なお調子者とは。いっつも我の邪魔ばかりしおって! 天使も勇者大嫌い! ……おっと、話が脱線してしまった。
「神の加護を承りしこの伝説の武器は貴女にこそふさわしい!」
我が明らかに狼狽えているのなんて全く見ていない長老は、高らかに両手を掲げると、やたらと仰々しく声高に叫ぶ。他の観光客も一斉にこっちを見る。
残念ながら、こやつの目は節穴だ。我こそがもっともこの聖剣にふさわしくないのだから。だって、我、先代魔王だもん。逆サイドの存在だもん。
と、とにかく、完全にバレる。
ちらり、いつもなんとかしてくれるグロリアさんの方に視線を向けてみるが、彼女もどうしたらいいかわからず、ゆっくりと首を横に振るのみであった。そのお母さんみたいな生温かい視線は何?
こんな公衆の面前で魔王バレはマズい。
この領地はまだちゃんと査察すらしていないのだ。こんなところを他の魔物にでも見られでもしてみろ。せっかくのお忍び査察が台無しになってしまう。人間どももまた然り。温泉どころの騒ぎじゃないぞ。
いつまでも剣に触れようとしない我を不審に思う長老たち、順番待ちの観光客の突き刺さるような無言の視線と圧力、何故かやたらと「抜ーけ、抜ーけ」と煽ってくるオフィーリア達。
「さあ、次なる挑戦者も待っておる。さっさと聖剣を抜くのだ、早くしなさい、伝説の勇者よ!」
長老もイライラしちゃってるじゃん。
く、くぅ、なんだこれ。なんなのだ!
この訳のわからないプレッシャーに気圧されて、なんだかヤケクソでぐるぐる涙目になりながら聖剣に手を掛ける。
すると、お、あ、あれ? 今、剣身ぐらつかなかった?
「な、なあ! 今この剣動いたぞ!」
なんとなく嬉しくてオフィーリア達の方を振り向くと。
「あ、あれ? どうしたの?」
ウッキウキの我はその場にいたみんなの表情が驚きで統一されていることに気付く。まさか、観光名所を台無しにした空気読めないやつだと思われた?
い、いや、違うな……
こやつらの表情は、選定の成功に歓喜した、という感じじゃない、どちらかというと、何か別の、そう、今にも何かが暴発してしまいそうな様子を驚愕と眺めているような。
い、いや、まさかな。そんなベタなことあるわけないっしょ。
おそるおそる剣の方に向き直ると。
カッ、全てを真っ白に照らしてしまうほどの莫大な光の奔流に何もかもが巻き込まれ――
我々は凄まじい衝撃と爆音と共に爆発四散して何もわからなくなった。
……結局爆発オチかよ! サイテー!
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