DCS(Dragon cave 査察)
すると、我らのひょうきんな姿をちろりと眺めた強大なフロストドラゴンは、凍り付いた地面に伏せっていたその巨大な鎌首をゆっくりと持ち上げる。がぱり、ゆっくりと大きな口が裂けていき、何だと!? 早くも我らを食う気か!?
我らの遥か高くまで持ち上げられたその頭を見上げていた我らが、思わずその迫力に気圧されていると。
「うぇーい、キミ達カワイイねぇー!」
エイブンジャック、もう開口一言目から確定した、こやつは絶対一発ぶん殴る。真っすぐ行ってぶん殴る。なんだ、このチャラいやつは! 我、こういうのが一番大っ嫌いだ! 陽キャなんて真っ先に滅殺してくれるわ!
「抑えてくださいね、ヘラ様ー。どす黒い怒りのオーラが出ちゃってるっす」
「ぐ、ぐぬぬ」
歯を食いしばり、拳を握りしめ、身体をわなわな震わせても、このどこからか湧き出てくる、調子いいだけなのになぜか周囲の評価が高い、という理不尽極まりない陽キャへの怒りが抑えられぬわけなかろうぞ! 何故にあやつらだけがこんなにも生きやすい世の中なのだ! 我たちはどう生きるのか!
「やい、エイブンジャック、貴様、ここの領主だろうが! 仕事しろ!」
つかつかと歩み出て己の感情のままに叫び散らかす。心なしか洞窟もビリビリと揺れていた気がする。それだけ我が陽キャへ憤怒しているということだ。「昔、なんかあったんすか?」「何もないわ! 生理的に受け付けないだけだ!」
我らに分厚い鱗で覆われた巨大なドラゴンの表情を見るのは難しい。だが、我にもわかる、これは、普段なら自分の姿に恐れおののくはずの矮小な生き物がなぜかエラソーに怒っている、ということに驚いている表情だ。もしくは、呆れているのかもしれぬが。
「何キミ? 小っちゃくてカワイイじゃん」
ダメだ、こやつ、早くなんとかしないと。陽キャという種族は都合の悪い話が一切聞こえなくなるのだ。そういうところも腹立つのだ!
「どうして、こんなところでぐーたらしておる! さっさと人間を滅ぼせ、その強大な力で! 一気にパパッと!」
「そんなお手軽料理みたいに」
「えー、そういうのメンドクサイっしょ?」
「チャラいな!」
メンドクサイとかだるいとか死にたいとか簡単に言うヤツに、いくら時代遅れのジジイだと言われたとしても我は説教をしてやりたい! そんなこと言って許されるのは小学生までだよねー。いつまで子ども気分だ、いい加減大人になれよ!「ヘラ様、ちょっと発火してます、クールダウン」「おっといかん、内なる業火がまろび出ちゃってたか」
「キミ達人間ってさー、ボクちゃんが何もしなくても勝手に寿命で死ぬじゃん?」
とりあえず、エイブンジャックは我々のことを人間とお土産のオブジェだと思っている。潜入自体は成功だ。あとは、こやつがここの領地たり得るか、査察するのみ。もう不適格にしたいが。「あ、抑えてくださいね、ヘラ様」「ぬ、ぬうぅ」
「だから、滅ぼしちゃうよりはこうしてさ……」
すると、エイブンジャックの身体がぱきりとひび割れたかと思うと、あっという間に砕け散り、山のような氷の中から一人の男が現れる。
彼はもちろん(?)一糸まとわぬ全裸で、しかも、彫刻のような見事な肉体美を誇っていた。彼にとって服はもはや不要なのかもしれぬ。
顔に掛かる青い髪を無造作に掻き上げるその仕草さえもどこか気品がある。
氷のような蒼白の眼差し、猛禽の鋭さは必ずや女子のハートを射止めてしまうのだろう。
この男こそ、確かにエイブンジャックだ。いかん、結構カッコいいじゃないか、我が女だったら惚れていた、危ねえ、TS美少女だったから致命傷で済んだわ。きゅんッとしかけたのはナイショだ。
「キミ達みたいなカワイソーでカワイイ女の子に僕の子どもをたくさん作ってもらってさ、そうしたら、人間の寿命も延びてみんなhappyじゃんね?」
竜の血は生命と魔力の源だ。一口でも飲めば非力な人間ですら竜の力と長命を得ることができる。それが、竜と交わった子だとすれば。
生まれながらにして竜の因子を持つ、竜人という亜人は少数ではあるが確かに存在している。が、それはほとんど意図しない偶然と奇跡のラブストーリーがあってこそであり、それらが栄えている、とは聞いたことがない。それに、その血は世代を経るごとに薄くなっているだろう。
しかし、定期的に竜と子を成すことができれば。
「ま、あの村の人ってさ、結構ハイスペックなかわい子ちゃんを寄越すんだよねー。そりゃあ、僕ちゃんも頑張っちゃうってー」
いや、こやつ、何も考えてないかも知れぬ。チャラ陽キャがちょっと何か理知的なそれっぽいことを言ったりするだけで、カッコよく見えちゃう現象をこの世界の法則から消してくれ。
「僕ちゃんも人間の美女ってLOVEだしさー、滅ぼしちゃうのはもったいないじゃん?」
おそらく、村人達の竜の因子が濃くなるごとに、今の人間態のエイブンジャックのような美しい姿に近づいていくのだろう。確かに今考えれば、あの村の若者らはモブにしては青みがかった髪と端正な顔立ちをしていた。長老に竜の因子が流れていないのは言うまでもなかろう。
ずっとだらけていたこやつの意図はなんとなくわかった。美少女が来た時だけハッスルするのだと。ただのクズ野郎だった!
というより。
「いや、これ、完全に叛逆だろ、魔界に仇なす人間を強くしてどうするのだ」
ドラゴンが固有で持つ変身能力をこのような奔放な繁殖に使うとは。チャラ陽キャ○リチンとか、もう今すぐにでも滅したい。
この星と同じほどに長生きなドラゴンの死生観では、確かにたかが数十年しか生きられぬ人間など一瞬で消えていく取るに足らぬ存在だろう。そこは長年生きてきた我も同意せざるをえない。
しかし、それを自身の血を使うことにより種族ごと長命にするとは、こやつ、ヤ○チンにもほどがあるのではなかろうか。
おそらく洞窟の奥には彼が娶った何人もの妻とその子が養われているのだろう。我らがそのハーレムに加わるかどうかはまだ決まったわけじゃない。我らは討伐しに来たのだ、あ、いや、こやつの査察に来たのだ。誰がこやつなぞと契りを結ぶものか。
「ちょっと落ちかけてるじゃないすか、フラグが乱立しまくってますよ」
「そ、そんなことはない、我は確かに性自認は男で、それに妻子持ちだ」
「シャーリイ様、NTRるのもされるのもイケるド変態っすよ」
「妻のそういうの聞きたくなかった!」
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