第2章:我と雪の氷竜

ドラゴンの棲むアナにレリゴーする

 ドラゴン、という種族はとても気難しい。


 天上天下唯我独尊を地、いや、空で行くような性格の奴らが多いせいか、気まぐれで魔族に与したり、人間の側についたりするものさえもいる。つまり、ドラゴンという種族は我ら魔王軍の配下ではなく、あくまで同盟者という関係なのだ。


 その自然の脅威をそのまま形にしたような強大な身体は、可憐なる我らの身体なんて簡単に丸呑みにできてしまうほどだ。


 その大きな口から発せられる雄叫びはこの氷の山を揺らす咆哮そのもので、我らは急いで耳を塞がなければいけなかった。呼吸の度に冷気が漏れる巨大な顎から垣間見えるのは、連なる一本一本が柱の如き乱杭歯。


 そして、その巨体をまるで氷塊のように分厚い蒼鱗がびっしりと覆う。その鱗の一枚一枚が我が顔くらい大きく、そして、それらは氷が光を反射するかのようにキラキラと煌めいていた。


 ばさり、たった一度身体を伸ばすように軽く羽を広げただけなのに、我らが遠くから様子を窺っているその頭上を暗く覆い隠し、氷点下の吹雪が吹き荒れる。


 金色に輝く猛禽の眼がぎろりと獲物を狙っている。その鋭さから逃れられる者はおるまい。


 どう考えても、災害の類であり、まさにその顕現だ。あまりにも勇壮なその姿、そして、溢れ出る莫大な魔力による氷点下に、オフィーリアとグロリアの二人は思わず身震いしてしまっている。グロリアに至っては半分カチコチになりかけている。


 しかし、災害とは常日頃発生するものではない。そう、自然とはドラゴンのように気まぐれなのだ。


 そんな奴にどうして我が領地の主になってもらったかというと。


「というと?」「というと?」「ふふふん、それはな……」


 我の思わせ振りな態度とドヤ顔に、ごくりと生唾を飲むオフィーリアとグロリア。ぐいっと顔を寄せてくるけどさ、ねえ、今まで我の話でそんなに食い付いてきたのはじめてじゃない? いつもこれくらい興味持ってよ。


「だってさ、ドラゴンって強そうじゃん。こんなにも領主にふさわしいやつ、他におらんって」


「ヘラ様って結局、ビジュが良ければそれでいいんすね」


「なんだと? カッコいいは正義じゃろがい!」


「見損ないました、ヘラ様。私達のことも遊びだったんですね」


「なんでだよ!」


 などという心底どーでもいい茶番劇をこそこそと続けながら、うんざりと視線を移すと、その先には……


「我としては、常に未曾有の災害をこの地に巻き起こしていてほしいのだが」


 切なく吐息。我の小さな口から零れ出たキラキラのダイヤモンドダストをぼんやりと眺めながら。 


 つまり、どういうことかというと。


「……あやつ、寝てばかりだな」


「もう三日もぐーたらしてますね」


「一刻でも早くこの辺りの村を滅ぼして名実ともに魔王領にしてほしいのになあ!」


 いつになく不機嫌な我にオフィーリアとグロリアはぱちくりと互いの顔を見合わせる。いやいや、キミ達、我が不機嫌な理由わからない? この状況の全てだよ!


「……ヘラ様、なんかあったんすか?」


「話聞きますよ?」


「なんもないわ!」


 何、そのちょっと優しい心遣いができる彼氏みたいなムーヴ。そして、我、相対的にヒステリックメンヘラ彼女みたいになっててなんかイヤなんだけど。


 氷閃竜領、ジギンドァガゥダの領主、フロストドラゴンのエイブンジャックが住まうという氷でできた絶対零度の洞窟の隅っこであやつを監視して早三日。寛大にもほどがあるな、我は。


 どうしてこうなったかというと。


 村を救った聖剣を持つ者として謎の勇者認定されて、どうしても断り切れなくて仕方なくドラゴン退治に行くことになってしまった。あはっ、あはっ、こんなになっちゃった……。たはは、勇者になっちゃったからにはもう……ネ……


 あまりにもくだらなく、そして、しょーもない理由すぎる。なんなん、これ。


 退治とはいってもそこは我が領地を治める者。査察がてら実力でも見てやろうか、くらいの気分で、さすがに本気で倒そうとは思ってなかったが。


「これはちょっと一発ガツンと言わなきゃいけないか?」


 あやつが人間どもを放置しているおかげで我は温泉に入れなかったし、なんか勇者にさせられているし、鬱陶しい神にエンカウントするしで、元はと言えば全てあやつが元凶ではなかろうか。「こじつけが甚だしいですね」「バタフライエフェクトってやつよ」


「でも、さすがにドラゴンに正々堂々挑むのはアタシらには無理っすよ」


 む、それもそうか。


 こやつらはシャーリイのようにマッドサイエンティストらに改造されているだろうが、基本的にはただのエロいサキュバスとスライムだ。


 エロ同人では引っ張りだこだろうが、そもそもが段違いに格上の相手だ。こやつらでは手も足も出ずに瞬殺されてしまうだろう。


 今の我の出力ではうっかり油断していると苦戦するだろうし、うーむ、どうしたものか。美少女のドラゴン狩りなど画面映えはハンパないのだがなあ。


「それなら私に考えがあります。時代遅れですが今の我々ならあるいは有効かもしれません」


 む、グロリアがなんかやけに自信ありそうだな。


 これは嫌な予感しかしないな。

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