第1章:査察に行きたい

【査察】廃墟に行ってみたら予想外のことが起きた【閲覧注意】

「おお、ここが」


 我が見上げた先、廃城塞、ハドゴアはかつての荘厳たる栄光とは見る影もなく。そこにあったのは、濃い霧のようにねとりと漂う黒き死の影のみであった。


 この丘にそびえ立つ巨大な城塞こそ、人間どもの最後の希望だったらしい。そして、最後の砦でもあった。


 彼らはエルフやドワーフら亜人どもとの連合軍にて、魔界との最前線に立ち、我の軍勢の大半を押し留めていた。


 だが、最後には我らの圧倒的な力に屈した。つまりはそういうことよ。


 大量の死と骸がそこに滞留し、凝集して、死霊の最上級、イビルガイストのズズィーと成った。


 そやつはここで無残に殺された者どもの魂を配下に置き、決して老いず死ぬことのない悪霊の軍勢を編成している。そして、不用意に立ち入った愚かな者もその軍勢に取り込み続けている。


 未練ある敵の魂をも取り込んで自身の配下とする所業、流石だと言いたいが流石だと言っておこう。


 はい! というわけで、いよいよやってまいりました、廃城塞、ハドゴアの内部へと。


 今回は、ここに迷い込んでしまった一般の美少女という感じで潜入調査したいと思います。しばらくはこのテンションに付き合ってもらおうぞ、お覚悟を!


 さあ、壊れた城門の隙間から中に入ると、外はまだお昼で日が昇っているのに、なぜか廃城塞の中はひんやりと肌寒くて、明りもないので真っ暗です。ここは流石に魔界の業火を使った松明を用意したいと思います。もちろん周りに誰もいないのを確認してから作りますよー。


 いやー、怖いですねー、明りを確保したことで中の様子が見えると余計にこの不気味さがわかります。


 ずっと昔に殺されて無残に放置されていてもおかしくないはずの死体、今は白骨化しているであろう死体がどこにも見当たらないのが逆に怖いです。一体彼らはどこに行ってしまったんでしょうね。


 あ! あの石壁にへばり付いた薄汚い黒いシミはなんでしょう? 血でしょうか? うーん、こういう雰囲気作りは悪くないですよ、廃墟に血痕とか戦闘の跡なんてなんぼあってもいいですからね。


 この城塞にいた人間共は逃げる間もなくあっさりとやられたのでしょう、よっしゃ、我の軍勢超強い!


 城塞の中は結構狭くて入り組んでいますねー、まるで迷路です。これなら侵入者の侵攻を抑えながら迎撃できる、ふむふむ、よく考えられた構造です。我が魔王城も勇者パーティが来やすいような一本道じゃなくて、迷路みたいにして、ついでに色んなトラップでも仕掛けてみようかしら。


 などと談笑していたら、さて、そろそろ一番奥の部屋が近づいてきました、あそこがゴールでいいのでしょうか? だけど、いいのでしょうか、ここまで魔物一匹出会っていません。こんなんでは簡単にこの廃城塞を攻略されてしまいますよ? うーん、心苦しいですけど評価を低くしなきゃいけないかもしれませんねー。


 では、期待を込めつつさっそく扉を開けてみようと思います!


 あ、いましたよ! あれです、あれこそが今回の我の目的、死霊の軍勢です。ちらほら、スケルトンや最近仲間になったのでしょう、アンデッドなんかもいますねー。不死の軍団、いやー、不気味でカッコイイ!


 あの真ん中の一際大きな死霊がイビルガイストのズズィーでしょうか。魔物に殺された無念の魂を取り込んでいて、苦しそうな表情が、黒くて濃い霧のような全身に無数にへばり付いていて気持ち悪いですねー。今にもはらわた引きずり出されそうで怖いです!


 あ、死霊達がこちらに気付きました、一斉にこちらを見ています。眼球も生気も存在しない眼窩がこちらを見ているのはすごく迫力があって、ぶるぶる震え出してしまいそうです。これはきっと城塞に漂う寒さのせいだけじゃないでしょう。


 というわけで。


 死霊達にも出会えたしこの茶番はもう終いとしよう。こんなクソ配信一体どこの誰に需要があるというのだ!


「「「「          !!!」」」」


 ズズィーをはじめ、どろりとこの部屋に滞留する死霊達は我の可憐なる姿を見ると、一斉に声帯無き喉を震わせる。


 この声無き叫びを聞くがよい!


 生きとし生けるものの脆弱な魂を打ち震わすその狂気の呪詛を。


 ……良い。


 オーク達の迫力ある雄叫びももちろんカッコイイが、こやつらのような、それこそ魂を臓物の奥底から掻き回すような嫌悪すべき悲鳴も悪くない。これがまたいいのよ。


 さっきまでの低評価から一変これは大分評価高いよ。


「あ、あ、た、助けて……」


 そして我の演技力も冴え渡っている。これは完全に怯え切った美少女だわ。


 死霊達は生を視る。


 我はもはや生死を越えた概念としての存在になりかけているが、魂無き我でも十分、動いているものを生と認識する死霊の本能を掻き立てるであろう。


 この廃城塞に動くものはない。この城塞に巣食う悪霊らはネズミ一匹たりとて生かしておけない。生命を刈り取る形をしている、もはやそういう本能、そういう機能なのだ。


 生存を否定する本能。そういうの、我は好きだなあ。


 さて、肉体無き死霊達の攻撃方法であるが、もちろん物理的な攻撃は不可能だ。それなら死霊はどうやって現実世界へと干渉するのか。それなら、なぜ生者は亡者を恐れるのか。


 それは。


 死霊が闇の魔法を使うからだ。


 魔法とは、現実を改変する力だ。


 純粋な魔力の奔流である死霊達は、その意思ではなく本能で魔法を用いて生者を狩る。


「「「「            アバ」」」」それ以上いけない。


 稲光の如き緑色の閃光が、我が身体を貫く鋭い不快感。身体の奥底の魂を破壊する衝撃。


 そうして、生者は死者の嘆きとともに力なく崩れ落ちる。迎えるのは、安らかな死、ではなく終わりなき従属だ。


 さて、ここに立ち入った愚かな者どもは、こうして呆気なく殺されてこの死霊渦巻く城塞の一部へと成り下がるのだろう。


 そう、まさしく今のこの我と同じように。


 ま、我は魂と呼ばれる真髄は全てステラへと継承したから問題ない。


 ひとつ問題があるとすれば。


 あとは、どうやってここから死んだふりをしながら脱出しようか、っていうね。


 できればこのまま正体を明かさずに颯爽と立ち去りたい。


 しかし、侵入者として殺された(という設定の)今、何事もなかったかのようにすっと起き上がってしまうのは良くない。彼らのやる気が削がれてしまう。


 ここに意思ある者はいない。


 支配者のズズィーでさえそうだ。


 しかしまあ、彼らにも感情のような何かはある。我は、嘆き悲しむ彼らを見たくはない。


 仕方ない、今回ばかりは転移魔法を使うか。い、いや、先っちょだけ、先っちょだけだから大丈夫。この城塞の外にちょっと出るだけだから、先っちょだけならノーカンでしょ! お願い、先っちょだけでいいから!

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