渡る世間はショタばかり、勇者がいるなんてきいてない!
「待て、邪悪なオーク共め!」
「勇者様!」
我々の背後から聞こえてきたその勇ましい声に、人間の少女の一人が歓喜に叫ぶ。く、逃げた誰かが助けを呼びおったな。しかもよりによって……
実にカッコいいそやつの登場に、どんよりとした表情を必死に出さないようにしながらうんざりと振り返る。
そこにいたのは、麻の簡素な服の上に革の胴当てと、小さな盾、それに、そんな装備で大丈夫なのか、その小柄な身の丈に合っていなさそうな大きな両刃の剣を構えている少年だった。
思いっきり初期装備だが、真正面から興奮状態のオークの群れに挑もうとは、この勇者、勇ましい者と言うより、もはや愚かしい者なのではなかろうか。
「ちぇ、欲求不満なんですけど~」
小さな声でそんなことを愚痴る、なぜかほんのちょっぴり残念そうなオフィーリアの隣で、一方のグロリアは。
「オウフ、いわゆるストレートな登場キタコレですね。おっとっと、拙者『キタコレ』などとつい古代異世界用語が。まあ拙者の場合勇者好きとは言っても、いわゆる勇者無双としてでなくヒロインNTR要因として見ているちょっと変わり者ですので、これもステラ様の影響がですねドプフォ、ついマニアックな知識が出てしまいました、いや失敬失敬。まあヒーローもののメタファーとしての勇者は純粋にめっちゃ強いなあと賞賛できますが。拙者みたいに一歩引いた見方をするとですね、ポスト神に選ばれし者のメタファーと昨今流行りの実力至上主義のキッチュさを引き継いだキャラとしてのですね、異世界転生系最強主人公の文学性はですねフォカヌポウ、拙者これではまるでオタクみたい。拙者はオタクではござらんのでコポォ」
「え、怖」
「さすがに早口完コピはキモいっすね、グロリア」
「ご、ごほん、失礼。取り乱しました、一生に一度は言ってみたかったんです。我が生涯に一片の悔いなしです」
「いや、これから我の護衛として頑張ってもらうんだが? 我の冒険はまだまだこれからだが?」
ところで、これ、我はどうすればよい? どっちの味方として振る舞えばいいのだ?
ちらりとグロリアの方を見ると、彼女は我のきゅるるん上目遣いで何かを察したのか、あるいは何か良からぬことを考えてしまったのか、さっきまで欠いていた理性をようやく取り戻すかのように小さく咳払いし。
「ヘラお嬢様、ここはまたしても何も知らない体でいきましょう」
「うむ、わかった」……またしても?
あくまで我はお忍び視察中だ、この魔物の群れにも人間どもにも肩入れするのは良くない。というより、このまるっきり深窓のお嬢様のような少女の姿で無双してしまってはこれからの旅がいささか窮屈になってしまうだろう。
と、とにかく、我は人間の可憐でか弱い普通の美少女、という設定でここは切り抜けよう。
「大丈夫かい、ケガはないかい?」
「う、うむ、問題ない」
なぜか我の元に駆け寄ってくる少年勇者。む、どうやら、女の子が一人でへたりこんでいたのがまずかったらしい。咄嗟に思わず返事をしてしまったが、よりによって勇者に心配されるとは、く、自己嫌悪に陥ってしまいそうだ。
「なら良かった、キミはそこで隠れてて」
「む。わ、我は」
なんとなく悔しくて反射的に、我は貴様のようなお子様に守られるほど弱くはないわ、などと抗議しようとして、遠くからグロリアとオフィーリアが首を必死に横に振りながら両手でバツを作っているのが見えてハッと我に返った。危ない危ない、我はか弱い普通の美少女、そういう設定だ。
少年は我が自身のことを心配したのだと勘違いしたのか、我の方へと振り返るとにっこりとほほ笑んだ。おそらく心配させまいとしたのだろう。く、弱っちいクセに余計なことを。
実際、我の外見の年齢よりも少年の方が幼く見えるし、おそらく背丈も我の方が高いだろう。それでも、少年はこの状況に対して一切怯む様子もなく、改めて自身を見下ろすオークの方へと向き直る。
「大丈夫、心配しないで。俺は勇者だから」
「え、あ、う、うん」
「なんだ、このガキは? ガリガリで不味そうだな!」もちろん性的な意味で、だ。
オークの一体がその戦斧を振り回しながら少年へと迫る。いけ、やったれ、そいつを殺したらおぬしには領地をくれてやろうぞ!
だが、我の淡い期待はいとも容易く砕け散る。
この幼き少年には不相応だと思っていた大仰な両手剣が、きらり、一閃と煌めく。
「な、に……?」
あの巨体が一撃のもとに崩れ落ちる。戦闘経験も少なく、魔法効果もない粗雑な初期装備でオークを倒すことなど、この少年の力だけでは到底不可能だ。ならば、あの剣、もしや本当に聖剣か。
「う、こ、こんなところに勇者だと!?」
オーク達は相手が本物の勇者だとわかるとすごすごと森の奥へと逃げて行ってしまった。なんと情けない! い、いや、しかし、こやつが真に神の加護を受けた勇者だとすればいくら幼いとはいえオーク達では到底太刀打ちできぬか。いのちだいじにだな。
「良かった、みんな無事か」
「「はい!」」
幸いにも、少年は逃げていったオークを深追いすることはなかった。
さっきまであんなに怯えきっていた人間共が勇者の活躍によって、生気を取り戻したように笑顔になる。
「キミ達も平気か、何もされてないかい」
「ええ。せっかくのお楽しみを邪魔してくれやがって本当にありがとうございます、勇者様」
「……ねえ、なんか不満そうじゃない?」
珍しくその無表情に怒りが現れているグロリア。一応助けてもらった形になった命の恩人に対してそんなことある? どんだけヤる気だったのよ。
「と、とりあえずキミ達は服を着てくれないか!?」
「いやんッ」
その恥じらうような悲鳴とは裏腹、少年勇者の初心な反応に嬉しそうなオフィーリアと、その一方で、未練がましくのろのろと服を着ながら依然としてじとりと勇者を睨んでいるグロリア。
「……ッ」
少年勇者はそんな彼女達の眩いほどの裸体に赤面しながら、それでも俯き目を逸らすことでなんとかその威厳を保とうとする。オフィーリア、その生温かい眼差しはやめてあげて。
「怪我はないかい、あ、えっと」
「我はヘラという、貴様は何者ぞ?」
「き、貴様? あ、え、えっと、僕……じゃない、俺の名前はエラン、灰色が丘村の勇者、エランだ」
我へと手を伸ばした少年は我が偉大なる口調に戸惑っているようだったが、素直に名前は教えてくれた。
エランと名乗る少年は、しかし、勇者と名乗るにはまだ幼い。女の裸も見慣れていない、ずいぶんと純朴な少年といった風情。虚勢を張ってはいるがまだまだ垢抜けてはいない。どうやら、まだ村を出たばかりで仲間もいないようだ。
「襲われていた我が護衛らを助けてくれて感謝するぞ、勇者、エランよ」
我はその小さな手を不承不承取ると、ゆっくりと立ち上がる。こやつら、どこからどうみてもノリノリで服脱いでいたけど、どう考えても不自然なのでそれっぽい状況にしておこう。
「いやいや、俺は勇者として当然のことをしただけだ」
「ぬ、む、くぅ……」
勇者が無意識に放つキラキラした爽やかなオーラは我の精神にギリッとくる。いや、わかっている、勇者とはこういうギリッとする輩ばかりなのは。し、しかし。
グロリアがそんな我の方にぽむっと手を置いてうんうんと頷く……けど、え、何? なんだ、その全てを悟りきったような表情は。その憐みの眼差しをやめろ!
ま、いいさ。ここで我らに出会ってしまったのが、こやつの命運の尽き。
こやつほどうせ――
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