またまた寄り道:美少女はつらいよ

序盤の頼れる強敵といったらコレ!

「ヘラ様、隠れてください!」


 いつも冷静なグロリアからの鋭い声に、ほとんど反射的に手入れもあまりされていない木々の間に縮こまり、こそこそと身を隠す。


 む、やはり地上では我が探知能力が阻害されるようだ。ここはもうすでに魔王領であるというのになんと未練がましいことか、忌々しい神のやつめ。


 地縛霊領、トーアは脆弱な人間共にとって過ごしやすい温暖な気候と高い山の少ない平地が広がる、なんとも退屈な地域だ。このような場所には人間の国や街が興りやすく、そして、我が魔王軍も攻め込みやすい。


 それでも、なかなか攻めあぐねて征服できなかったのは、かつてこの地にあった城塞とその主によるところが大きかった。長年の間我が軍勢の攻撃に持ちこたえていた堅牢な守りは、我が敵ながら称賛に値する。


「ヘラ様、何をぼーっとしてるんすか。アイツら興奮状態なんで、さすがに今見つかるのはマズいっすよ!」


「お、おうふ、ちょっと過去の栄光に浸っていてな」


「転移魔法使わないからこんなことになるんすよ」


「いやいや、むしろこういうハプニングこそ旅の醍醐味やろがい」


 しかしまあ、足を踏み入れて早々に、このような事態に巻き込まれるとは思ってもみなかったが。まあ、不測の事態、というのも、実にお忍びらしくていいではないか。現場の生の声、いや、雄叫びを聞けるのはとても貴重だからな。


 我々が隠れている大木のすぐそばを、身体の内側から震わせるような轟音ともに駆け抜けるは。


 オークの群れか。


 オーク族。人間なら大人3人分はあろう巨大な体躯とそれに見合うほどの怪力で身の丈ほどもある戦斧を軽々と振り回す、骨をも砕く二本の大きな牙と、わずかな獲物の匂いをも嗅ぎ分ける大きな鼻、そして、どんな音も聞き逃さない大きな耳を持つ獰猛な魔族だ。


 なるほど、この辺りは奴らの縄張りか。


 甘美なる獲物の気配に鼻息を荒く鳴らし、その疾駆に森全体を地響かせながらも、生い茂る木々を滑らかにすり抜けるその様は、もはや勇壮さを越えて荘厳さすら感じさせるではないか。なんと素晴らしい!


「では、行き当たりばったりで申し訳ないが、さっそく査察を開始しようではないか」


「はい、了解っす、ヘラ様」


「かしこまりました、ヘラ様は私達の傍を離れないでください」


 我らはこっそりと過ぎ去っていったオーク達の大きな足痕を追う。これも査察の一環だ、あやつらの働きぶりをしっかりと見極めてやろうぞ。


 我らは彼らに見つからないように、少し小高くなった場所から様子を窺う。


 そこには、往来のため粗雑に舗装された道に横倒しになって壊された馬車が数台と、逃げ遅れた人間や馬の死体。それに、オークの巨体にぐるりと包囲されて身動きの取れない人間共が十数人と座らされていた。


 荷台より散乱した品々やこの人数を鑑みるに、こやつらは人間の行商旅団、といったところか。


 つまり、こやつらは人間の馬車を襲撃したのだ。いいぞ、もっとやれ。


 それにしても愚かにも我が魔王領を横断しようとは、人間共め、あまりにも浅薄な考えだと言わざるをえないな。


「ぐへへ、うまそうな人間がたくさんいるぜ! とっとと捕まえてお楽しみといこうじゃねえか!」


 オークの一体が言う通り、確かに、服装は幾分かみすぼらしいが目鼻立ちの整った少女がいるな。それに、あの少女はまだ幼いが成長すればいずれ美しくなるだろう。あれは服装が一人だけ違うな、さてはこの行商隊のリーダーの娘か、うむ、悪くないな。


 ちなみに、魔族にも肉の好みはもちろんあって、オークが人肉を喰らうことは滅多にないから、うまそうというのは所謂比喩で、つまり、えっちな意味の方だ。


 美少女に生まれてしまったというのは憐れだな、これからこやつらのねぐらであんなことやこんなことをされるのだろう。ああそうだ、徹底的に薄い本して、人間の娘どもに癒えぬほどの屈辱と恐怖を植え付けてやるのだ。


 ……しかし。


「……なあ、あやつら、なんかダサくない?」


 さっきから展開とか台詞がずいぶんベタなのだ。もう少し、こう、スタイリッシュなカッコいい登場の仕方をだな。なんか我が配下ながら圧倒的小物感がすごい。これ序盤で確実にやられるヤツじゃん。


「まあ、オークってそんなもんっすよ、無いアタマ振り絞っていい感じのセリフ捻り出してるんすから」


「もう死亡フラグがすごいじゃん? 我、なんか心配でさ」


 登場シーンとか台詞周りももっと教育する必要があるな。このままじゃあ一生やられ役だ。ふむふむ、早速査察の成果を得たぞ、やったな、我!


「女と子どもは持ち帰って、他は殺せ」


 よし、それはカッコいい。変な情けなど要らぬ。助けを呼ばれたら面倒だからな。殺る時は容赦なく殺る! 思わずガッツポーズ。


 そんな我の高評価など知る由もないオーク達が、高々と掲げた戦斧を容赦なく振り下ろそうとした瞬間。


 ぱきり、不意に足元の小枝が鳴ってしまう。やべ、思わず興奮して力入っちゃった。


「あ」


 一斉に振り返るオーク達、その反応速度たるや獲物のささやかな気配さえ察知する狩人の如き鋭さよ。完全に目が合っちゃった。


「あ、あの、その……」


 数瞬の沈黙。緊迫の対峙。なぜか指一本動かせず。……ビ、ビビ、ビビってねえし!


 そして、思わず引き攣ってしまった我の声があまりにも可憐で不憫だったのか、次の瞬間にはオーク達の視線に欲情の色が混じる。


 あ、やべ、今の我、魔界中の性癖を凝縮した超絶怒涛空前絶後の最強の美少女じゃん、ついさっき美少女を憐れんだばっかりだぞ。ここでオークに弄ばれるのはマズい。一応ギリギリ全年齢を対象にしてるつもりだ。主人公である我がエロ同人みたいに、エロ同人みたいにされるのはとてもマズい。


 オーク達は我々が魔族とは知らぬ。ましてや、我は魔王だ。しかし、それを名乗ってしまうのは良くない。この後の査察に影響が出てしまう。


「ヘラ様、怪しまれるので手出しはしないように」


「ここはアタシ達が身体を差し出しますか」


 オフィーリアとグロリアがため息まじりにゆっくりと立ち上がる。


 そうだ、こやつらはこやつらでどエロい身体をしている。


 ぺろりと舌なめずりしているオフィーリアはサキュバスだ。魅了の能力は夜でなければ使えないはずだが。


 しかし、それでも、自身の魅惑を隠匿する服を脱いでしまえば、そのうっすら汗ばんで艶めかしくすらりと引き締まった肢体だけで、十二分にオークを惹き付けておけるだろう。サキュバス、改めて見ると本当にえっっっちだなあ。


「グロリア、アンタもヤルんでしょーが」


「はあ、まあ、そうですね、仕方ありません」


 一方の小柄なグロリアも、嘆息とともにはらりと服を脱ぎ捨てればしっかりご立派なものをお持ちだし、その真っ白な体つきには服の上からでは計り知れなかった少女らしい柔らかさも感じられる。


 それに、彼女の身体を構成する粘液はステラによってしっかり強力な媚薬成分へと改造されている。たとえ屈強なオークでも感度3000倍はかたくないだろう。あれ、こやつ、終始無表情でわからなかったけど、もしかして実は結構ノリノリなのでは?


「ヘラ様は一応助けを呼ぶ感じでさりげなく逃げてください」


 い、いや、今はこやつらが何故か自ら服を脱ぎ出していることを疑問に思っている場合ではないか。まずはこの身バレの危機を乗り越えるのが先だ。こやつらのことは事後にきっちり問い詰めよう。


「きゃ、きゃー、助けてー」


「ヘラ様、もっと迫真の悲鳴でおなしゃっす」


「う、うむ、演技というのは結構難しいな」


 絶望的な演技力の無さに難儀しているが、どのみちオークらは我のことなぞ見向きもしていなかった。ついでに言えば人間共もこの意味が分からない状況に混乱しているらしく、つまり、我が一人で勝手に泣き喚いているだけだった。寂しッ。


 オークらがオフィーリアとグロリアのエロい身体に釘付けになっている間に、ちゃっかり人間共も逃げ出そうとしているではないか。ぐ、しかし、我にはそれを止める手立てがない。


 仕方ない、誠に遺憾だが我もこの隙に人間共と一緒に撤退だ。こそこそと人間の方に向かう。


 そして、いよいよもって半裸のオフィーリアとグロリアがオーク達と、これより先は絶対に見せられないようなことを(わりとノリノリで)シようとしたその瞬間。

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