ショタ虐が捗る
「そんな、僕の村が……」
少年は目の前の光景を信じられず、その絞り出したかのようなか細い声は、灼熱に木の家が崩れ落ちる音にあっさりと掻き消えてしまった。
「あーあ、これはもう手遅れだなー」
気の抜けた我の声音に少年が気付くはずもなく。その視線はただ真っ赤に揺れているだけだった。
それらは我らが駆け付けた時、すでに村のほとんどを焼き払っていた。こんな状況で生き残ってる者を探そうとは、少年すら思いもしなかっただろう。
それほどに壊滅的な村の惨状。もはや、ここはただの火のるつぼでしかなかった。
さて、そんな灼熱と真っ赤な景色を作り出したのはどんな魔物だろうか?
「ほほぅ、なるほどな」
あれはウェアウルフとヘルハウンドの混成軍か、ほう、悪くない。
野生のどう猛さと魔物の残忍さ、そして、犬型モンスターとしての迅速さ。それらは砦も番兵もない小村なぞいとも容易く破壊し尽くす。
このような爽快極まりない蹂躙は久方ぶりに見たぞ。我はずっと城にいて勇者を待ち構えていたからな。おっと、だ……だめだ、まだ笑うな……こらえるのだ……し、しかし……
「どうしてこんな真昼にウェアウルフなんて……」
我が隣で愉快にほくそ笑んでいるなど露とも思っていないのだろう少年は、目の前に広がる惨状を茫然と見つめ、がくり、力なく膝をつく。
いわゆる人狼、ウェアウルフが満月の夜だけに活動するとは大間違い。確かに、満月の魔力によってその力を増大させるが、そもそもが魔獣として強力な者らだ。人間の村ごときを襲うのに時間や時期なんて全く関係ない。
おそらくこの村では夜の警戒は十分してあったのだろう。しかし、白昼堂々と攻め入られるとは予想できず、被害が甚大になってしまったのだろう。わお、頭いいじゃん!
そして、ヘルハウンド。地獄の業火より生まれた、大型犬のカタチをした悪意あるマグマ。常に飢え、それが満たされることはなく、その飢えたる灼熱にして純情が通った場所は燃え上がり、一瞬で焦土と化す。
少年はこれらから命からがら逃げ延び、そして、愚かにも戻ってきてしまった。ああ、なんて絶望的なのだろう。
なぜならば、このちっぽけなショタがここから生き残る術は無きに等しいのだから。
目の前にはウェアウルフとヘルハウンドの混成軍、そして、その後ろには我ら先代魔王御一行だ。うひひ、こんなん、絶対詰みやん。
「というわけで、我らには到底太刀打ちなぞ叶わぬ。諦めてさっさとしっぽ巻いて逃げるのだな、ふふんッ、犬だけに、な」
「全然うまくありません、ヘラ様」
「ヘラ様が余計なこと言っちゃうの、なぁぜなぁぜ?」
「べ、別にそんなこと考えてないもん!」
身も心もボロボロの少年には我らの茶番なぞ聞こえていないようだった。火と涙で腫れた目を見開き、茫然としたまま焼け落ちる村を眺めていた。
「……僕は、村を焼き尽くした魔物を、いや、みんなを救えなかった僕の弱さを許せない」
うほッ、悲惨な過去を持つ主人公ムーブ来たな! これはもう完全に主人公だわ。
いいよいいよ、過去を持たせると主人公の言動に深みが出てくるからな。物語における序盤の過去回想は悪手だと言われているが、行動原理の深掘りへの言及はどこかで必要となってくる。そこは読者が主人公に共感、愛着が湧いてきたときにさらっと行うのがスマートな過去回想の挿入の仕方ではなかろうか。「なんか編集者みたいっすね」「実践はまた別の話、ということで」
というわけで、無事(?)こやつが決意を固めたところで。
「貴様を殺そうかと思っていたが気が変わった。貴様のちっぽけな絶望はずいぶんと美味なのでな」
「な、何を言ってるの、お姉ちゃん……?」
「我は先代魔王、今は可憐なる美少女、ヘラと名乗り、地上の魔王領を査察しておるのだ」
「……そうか、お前が魔王、お前さえいなければ……」
「憎ければ我を殺しに来い。その時の貴様の膨れ上がった憎悪の味が一体どれほどのものか、ふふ、我は今から楽しみだ」
そうして我はぺろりと唇をなめ、少年の肩に手を乗せるとそっと突き飛ばす。少年はほとんど抵抗もせず枯草のように容易く地面に倒れ込んだ。我を見上げるその光ない眼差しに思わず、ぶるりと愉悦に震えてしまう。
「絢爛豪華にして悠々自適な我が麗しきこの顔を覚えておくがよい」
倒れた少年の胸をぐりぐりと足蹴にする。未だ無抵抗で少年は小さく呻く。だがその目には涙とともにふつふつと我や魔物への憎悪が湧いてきているようだ。
「どうだ、これがどん底の絶望で垣間見る偽りの希望だ。見習えよ、キミ達」
「さすがです、ヘラ様。ショタの扱いはこうでなくては」
ショタ優位なぞ我が許さぬ。このようなゴブリンがいてたまるか。ゴブリンはなあ、一応場をわきまえているんだぞ! 縄張りに侵入した者以外は襲わないんだ!
ま、こやつはただの哀れな被害者というだけで、何かしたとか我らに襲い掛かろうとしたわけではない。それ故、別にここで殺してしまおうという気もあまりない。
そう、我らは別にショタが憎いわけではありません。ただ、無自覚無邪気鬼畜野郎がのうのうと罪に問われないのが納得いかないだけなのです。
「というわけで、さようなら、少年」
地面に仰向けに倒れたまま絶望に打ち震える少年をそのままに我らは踵を返す。この突発的な査察はもう十分だ。彼らには別途働きに相応の報酬を与えてやろう。
この絶望は心地良かった。
「いいんすか、あのショタ殺さなくて」
「あの感じだとあのショタ、いつか必ず復讐に戻ってきますよ」
「ま、我が直接手を下さなくとも勝手に野垂れ死ぬだろう」
「あ、それ、死亡フラグー」
万が一にもいつかこやつが闇堕ちしてかっちょいい大人の男になったら、その時は魔王軍にでもスカウトしてやろうかな。ま、きっとこやつには何もできぬだろうが。
その時までは、この業火のようにどす黒い憎悪に身を灼かれながら生き永らえるがよかろう。
そうして、我らは邪悪な高笑いと共にその場を後にした。
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