第11話 少年とアナウンス
視界の延長線上には、この部屋では見たことのない白い何かがいつのまにかいた。
確認しようとゆっくりと視線を上げる。
目が合った。
「やめてもらってもいいですか……」
白いスーツをピタッと着こなしている金髪の少年。
見覚えしかない、数時間前に橋であった少年だった。
そして、会った時と同じように少年は顔を俯かせていた。
「あのー」
「……?」
少年は俯いた顔を上げて、目が合う。
「一日に二回とか……やめてもらいたい。こっちも暇じゃないんですよ」
「あぁ……」
少年の言葉に何となく反応する。
「おっ、初めて反応しましたね」
「……」
「また、だんまりですか? 別にいいんですけど、一日に二回も自殺するとめんどくさいことになるんですよね……」
反応することに無意識な嫌悪感を抱き、無視をする。
「さぁ、行きますよ」
ベットの上で茫然としてる僕に手を差し伸べる。
「ちなみに、説明はもうこれからしないので。早く握ってください」
未だ、少し湿っている赤い線の左手をゆっくりとあげる。
「お利口さんで助かります」
僕は彼の差し伸べた手を握った。
目線がいつもと違う。
いつもなら握った手は自然と消え、僕は中央にて立っている。
けれど今は、中央にてあぐらの状態で、左手は未だ握っている状態だった。
繋がれた左手の先には、この部屋に同化してしまいそうな格好の金髪の少年が、ぽっかりと空いている天井を眺めている。
「シプナー‼」
少年は空いた天井に話しかける。
「聞こえてるんだろー‼ シプナ‼」
反応はない。
何かはわからないが、待っているような素振りで左足をコツコツと鳴らす。
そんな記憶にない光景にふと、少年の横顔に視線が向く。
一般的に言う美形というものだろう。
サラサラしてそうなきめ細かい色白の肌、金髪の似合う日本人離れした整った横顔。
まじまじと見ると、少年の輝きが眩しかった。
「二度目ですね皆さま」
「やっとだ」
聞きなれたアナウンスが流れ始める。
「今日、自殺という行為を二度もおこなった皆様。皆様は一度目の説明を聞いて、数時間の考え直す時間を得て、もう一度自殺という選択をされましたーー」
「おーい‼ シプナー‼」
「よって、もう一度考え直す時間を一度目の倍――」
「ヨミさんにチクってもいいのかなー⁉ シプナー‼」
少年はアナウンスの声が流れている中、誰かに話しかけ続ける。
その声が届いたのか、アナウンスの声が唐突に止まる。
録音してる音声を止めるみたいに。
「それは嫌ーー‼」
アナウンスの声が再び流れ始める。
ただ、いつもの抑揚のない声ではなく、明らかな動揺を感じた。
「やっとか」
「テン良くない事いった!」
「そんなことは無い、事実だ!」
「だって、だって、だって……」
「だって? ん? なんだシプナ聞こえないなー」
いつも大人びた雰囲気の少年が、悪戯な笑みをして年相応の会話を目の前で繰り広げる。シプナと呼ばれているアナウンスの声担当も、いつもなら大人びているイメージだったが、何だか子供っぽい反応に子供っぽい会話をしている。
「ズルい! 何が目的なのー」
「ここから出してくれ」
「それはダメなんじゃないの?」
「ヨ・ミ・さ・ん・にーー」
金髪の少年はおちょくるように言う。
「あぁー、わかった! わかったよー」
「っていうか、僕は忙しい事知ってるよね? シプナ」
「だって、だって、二回目の人が来たらその担当もっていってた!」
「わかったわかった。後でヨミさんに相談して変えてもらうから」
「へぇー、別に言わなくてもいいんじゃない? 次からはこっちに呼ぼうか、テンのこと?」
「なんでだよ、ただ話したいだけだろ」
「紅茶も用意するし! お茶会しようよー、テ・ン」
「ちゃんと自分の役割分かってるのかシプナ」
「わかってるよ!」
「なら、いいけどね。お茶会はまた今度な」
「おぉー、やろやろ」
「それじゃあ、戻してくれ」
「了解、了解!」
会話が終わったのか、少年はこちらを見て握っている手をそっと離す。
「ちゃんと考え直してくださいね。二人とも」
少年は次の瞬間、目の前から姿を消した。
反応することを嫌悪していた少年は、意外にも年相応な面をだして脳内での矛盾が生まれる。いつもは聞かないアナウンスとの会話は仲の良さを感じた。
そして、音のない静寂な空間へとなり替わった。
ここ一週間は聞いてない平和的な会話に、改めて自身への理不尽な対応がより脳内で鮮明に映し出される。それよりも以前に合った青春のひと時が薄れるほどに。
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