第10話 運悪くたまたま


 そんな調子で平凡ながら普通の生活を送っていたのに。


 どうして、こうなってしまったんだろうか……。


 隣の席になった子と、少しだけ仲良くなっただけで、嘘をつかれて、本物の彼氏の罪を被らされた。そいつは何も知らない顔で今も教室にいる。


 誰も信じてはくれなかった。


 信じてくれる人は傍にはいなかった。


 どうでもよくなった。


 だから見えた。


 自分に出来ることは何だろうって。


 おもむろにうつ伏せの状態から天井を見る体勢に変え、ベット横の机に置かれたハサミを右手で取る。


 他の人に自身のおこないを擦り付ける行為が、一方的な情報だけを信じて話を聞かない行為が、親なのに子供を信じない、守らない行為で、人が傷つくことを、死んでわからせたい。いつまでも忘れられない心の傷として残したい。


 おもむろに左手を挙げ、右手にあるハサミを手首に当てる。


 ハサミを開いて、刃先を当てて力を入れる。


 切れ味のよくなかったみたいで、押し当てた跡だけが残る。


 ハサミは机に置き直し、立ち上がって勉強の引き出しからカッターナイフを探し出す。


 大抵のことはハサミを使うのもあって、使われていない新品の状態だった。


 ベット上であぐらをかいた体制で、もう一度手首に押し当てる。


 ゆっくりと刃先に力を加えながら線を描くように引く。


 刃先を追いように遅れて、赤い液体が傷跡を隠すようにあらわれる。


 浅い。


 カッターナイフの切った後は赤い液体で線を作ってはいるが、致死量には到底及ばない。例え死ねたとしても、血が止まらないで数時間と時間が掛かる。


 出血して少しヒリヒリする左手をベットの上に置き、右手を上げる。


 いつもなら自分を傷つけられない、勝手に制御されて出来ない。


 けど、みんなの顔が罪悪感に苛まれる想像をすると、不思議とカッターナイフを握る手に力が入る。今すぐに、全力で、手首を深く深く切ることが出来る。


 右手を振り下ろす。


 左の手首に感覚を集中させて、刃先が肌に触れるまでの間、視線は手首から離せない。


 カッターナイフの光の反射が視界端で一瞬みえ、刃先はもう肌に触れようとしている。


「ンッ‼」


 敏感になった手首に刃先が深く刺さる感覚がして、先ほどとは比べ物にならない赤い液体が手首から噴出するのが見えた、気がした。


 肌に触れ、勢いを加速させようと体重を掛けようとして、僕の視界は赤い線が出来た手首と上がった右手の状態に戻っていた。


 右手に力を入れたままの状態で、振り下ろされてベットを切りつける。


 カッターナイフはベットにめり込み、持ち手が天井に向かって直立する。


 手首から噴出する液体はなく、太いとは言えない水水しい赤い線がある。


 僕はただ茫然と考えることを止めた。

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