第151話 騒動②

 俺は事務員に向かって言った。

「床の血や吐いたものは、見舞いの女性のだ。さっきまでここにいた女性だ」

「えっ、その女性が、どうして車の事故に?」事務員は理解できない様子だ。

「彼女たち看護師二人が、市村さんを痛めつけたんですよ。看護師たちから逃げるのに、慌てて外へ飛び出したんだ・・それで事故に」

 それでも、事務員には理解できない。理解できるはずもない。

 これ以上、まくし立てると、下手をすれば精神構造を疑われるかもしれない。


 俺の言葉に反応した若い看護師が、

「ウエダさん。私は足を持つように言われただけなんです。注射をしたのはヤマダさんです」と繰り返した。

 すると、年配の方は、口で反論するのを諦めたのか、若い方に詰め寄り、パンッと平手打ちをした。

「ヤマダさん、何をするんですか!」若い看護師が頬を押さえ抗議した。

 だが、年配の看護師は治まる気配を見せず、若い方に挑みかかり、その首を両手で締めだした。

「ヤマダさん、何をしているんですかっ、やめなさいっ」と事務員のウエダが、首元の腕を振り解いた。

 年配の看護師は怒りの矛先を、今度は事務員に向けると、「この女たらしっ!」と怒号を浴びせ、事務員を突き飛ばした。女性とは思えない力だ。まだ芙美子の力が残っているのか?

 壁に突き当たった事務員は、メガネを直して背を正すと、「ちょっと、これは問題ですよ」と看護師二人に言った。言葉が噛み合っていない。

 若い看護師は頬と締められた首を押さえながら、「ウエダさんは誰にも渡しませんよ」と年配看護師に宣言するように言うと、「私もよ、ミタニさん!」と年配看護師が応戦した。


 もう我慢できない。

 こんな痴話喧嘩は、俺にも芙美子にも関係ない。

「静かにしてくれっ!」と、俺は叫んだ。

 そして、

「悪いけれど・・」

 俺は彼ら三人に言った。彼らが俺に向き直ると、

「部屋から、出ていってくれないか」と大きく言った。

「しかし・・」と事務員が言いかけた。状況を報告する義務があるのだろう。

 だが更に強く俺は言った。

「俺は、芙美子の見舞いに来ているんだ!」

 俺は芙美子を指して言った。

「お願いだ。芙美子と、二人きりにさせてくれ」

 俺の言葉に異議を唱える者はいなかった。事務員は状況を理解できぬまま、二人の看護師の背を無理矢理に押して出ていった。

 廊下で言い争うのが聞こえたが、俺にはもう関心がなかった。彼女たちの中に芙美子の思念の欠片が残っているような気もしたが、この後は、あの人たちの問題だ。


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