第149話 衝突②

 旧館の階段から降りたのか?

「そうね、だったら、窓から声をかけてあげた方がいいかもしれませんわ」

 看護師の二人は、芙美子のベッドを回り込み、窓から見下ろした。

「市村さ~ん! バッグをお忘れですよ」

 声が彼女に届くはずもない。市村小枝子は、芙美子のいる所から遠ざかろうと必死なのだ。

 俺も同じように様子を確認しようとすると窓際まで行くと、車のタイヤが悲鳴を上げるような音がした。

 まさか・・

 俺は思い出した・・市村小枝子はここに来るまでに言っていた。

「車の調子がちょっとおかしいわ」

 彼女は、アクセルとブレーキを繰り返しながら「運転操作が引っ張られるような感じがする」と言っていた。

 イヤな予感は大抵当たる。

 窓から覗くと、市村小枝子は、駐車場を出たところだった。だが、その運転は蛇行に蛇行を重ね、その上、猛スピードを出している。

 その先は急な下り坂だ。その突き当りには、大きな壁がある。ここから見ても、彼女がブレーキをかけていないことが分かる。


「危ないっ!」

 俺は叫んだが、二人の看護師は、その様子を楽しんでいるよう見えた。

 壁に激突すれば、車は大破する。

「芙美子、やめてくれ!」

 俺はベッドを振り返った。

 そこには、目を閉じている芙美子の姿があるだけだ。俺の声が届くはずもない。

「もう充分に気が済んだろっ、お義母さんを許してやってくれ!」

 看護師たちの目を気にすることなく俺は叫んだ。

 だが、願いも虚しく、

 大きな激突音が聞こえた。かなりの音だ。ブレーキをかけることなく、そのまま壁へと突っ込んだのだろう。ひょっとすると、アクセルを踏みっぱなしだったのかもしれない。

 いずれにせよ、あのスピードで壁に衝突すれば、いかに高級車と言えども、車体の前半分はぺしゃんこになる。つまり、運転席の市村小枝子の体は、エアバックが作動したとしても大きな損傷は免れない。

 芙美子に追いかけられる幻影でも見たのだろうか?


「あ~あ、やっちゃったっ」若い看護師が言った。その顔は半分楽しんでいるように見えた。

 あまりの出来事に腰の力が抜けていくようだった。

 芙美子に義母殺しをさせたくなかった・・

 今一度、芙美子の表情を見ると、

 その表情に静かな笑みが浮かんでいた。その顔を見て俺は思った。

 ・・芙美子は、市村小枝子のことを義母とは思っていなかったのだ。

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