第136話 芙美子の家②

 家の中は、市村小枝子だけではなかった。お手伝いさんのような年配の女性がお茶とお菓子を持ってきた。

 市村小枝子は、俺の真向いに腰を掛けて足を綺麗に組んだ。

色香漂う剥き出しの白い脚から目を反らそうと、俺は部屋を眺めながら、「立派な部屋ですね」と言った。目のやり場に困る。

 市村小枝子は恐縮している俺を見て微笑んだ。

「佐伯さんは、芙美子さんとは、仲良くして頂いていたのですね。それで、一度お見舞いの前にご挨拶をと思われて、わざわざ家に来られたのですね」

「ええ、まあ」と話を濁すと、

「あの子は、人見知りする方ですし、お友達も少なかったので、佐伯さんのような男性の方がお知り合いだなんて、私も嬉しいですわ」と言った、

 男性の方・・

 市村小枝子は、俺をどう見ているのだろう。娘の只の男友達だと思っているのだろうか?

 だが、むしろその方が都合がいい。


「それで、芙美子さんのご容体は?」

 俺は肝心な話を訊いた。

 すると市村小枝子は、「そのお話の前に、芙美子さんのことは、どこからお聞きになったの?」と訊いた。

「大学時代の知り合いから聞いたんです」

「どう聞いたの?」

「芙美子さんが大怪我を負って、意識不明の重体だと」 

 俺がそう言うと、市村小枝子は「ふーん」という風な顔をして目を訝しげに細めた。

 そして、「私の勘違いだったら、ごめんなさい」と前置きして、

「佐伯さんは、芙美子さんとお付き合いをされていた訳ではなかったんですね?」と確認するように訊いた。

「い、いえ。私はただの友達・・というか、知り合い程度の関係です」

 するとまた市村小枝子は、「ふーん」と言う顔をした。いちいち反応が引っかかる。

 

 佐伯という偽名を使ったが、まさか、俺と芙美子が映っている写真とか残っていないだろうな・・

 俺の記憶では、芙美子とは写真を撮っていないはずだ。芙美子もカメラを持っていなかったし、俺も持っていない。携帯のカメラもそんなことに使った覚えはない。

 芙美子は母親に俺の名前を出さなかったのだろうか?

 その時、部屋のどこからか、しゅるしゅるという風な音が聞こえた。一瞬だったので気のせいかもしれない。

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