第135話 芙美子の家①

◆芙美子の家


 その日、俺は会社に断りを入れて休みをとった。

 芙美子の母親である「市村小枝子」に会うためだ。そして、母親の許可、もしくは付き添いで芙美子が入院している病院に行く。そのためだ。

 妻には言っていない。今度は裕美が同行するということはない。俺一人だ。


 あれから一度、便利屋の古田から電話があった。芙美子の母親についてだった。

「中谷さん、これは私のサービスでお調べしたんですがね」と古田は言った。

 古田も別の角度から芙美子に関して興味が沸いたらしく、経費がかからない範囲内で調べてくれたようだ。

 芙美子の母親・・彼女は実の母親ではなかった。亡くなった夫の娘だった。

 となると考えが及ぶのは、入院費用についてだ。数年に亘る経費を義母が出しているのだろうか?


 芙美子の入院先も母親の家も、俺の家から一駅の場所だ。

 北の山の麓に病院があり、駅から西へ川沿いを歩くと、市村小枝子の家だ。

 俺は、古田から聞いた住所を頼りに市村小枝子の家を探した。

歩くにつれ、辺りの雰囲気が大きく変わった。ここは高級住宅街だ。

 俺の現在の家もそうだが、ここの方が更に上を行くように見えた。

 庭付き一戸建ての連なりを進むと、住所の家が見えた。

 白い大きな家だ。門扉も立派で、パターゴルフでもできそうな庭が見えた。綺麗に芝生が刈られている。

 表札を確認すると、「市村」と書かれてある。間違いない、合っている。

 少なくともここが芙美子の母親の家だ。

 だが、芙美子がここに住んでいたとは限らない。芙美子が行方不明になった後、ここに越してきたのかもしれない。いずれにせよ、普通よりはかなりいい生活水準の家だ。

 この家に芙美子はいたのだろうか?

 芙美子は、本当に資産家の娘だったのか? 疑問が渦を巻いた。


 市村小枝子には、予め電話で約束を取り付けてある。

 市村さんとは学生時代の大学時代の知り合いで、知人から入院していると聞き、ぜひとも見舞いをさせて頂きたいと言ってある。

 今日来たのは、その前の挨拶のようなものだ。いきなり病院で落ち合うよりも、こうして挨拶しておく方がいいと思った。

 何度も考えた。母親への挨拶を飛ばして、一人で病院に行き、芙美子の様子を伺うことも考えていた。だが、ここへ俺は来た。

 ここへ来たのは、俺の好奇心もあったのかもしれない。 


 二度呼び鈴を押すと声が聞こえ、俺が名乗ると、すぐに市村小枝子らしい女性が出てきた。どう見ても40歳前後にしか見えない。

「市村小枝子です」と彼女は名乗った。

 芙美子の母親にしては若過ぎる気もするが、後妻なので有りうることだ。

 芙美子と血縁関係はないので、当然似ていない。芙美子が面長で、スラッとした体型なのに対して、少し肉感的な感じの女だった。この家に合ったそれなりの雰囲気を備えている。品性のある顔立ちに、それなりの洋装を着こなしている。どちらかと言うと、片倉麗子の雰囲気に似通っている。

 それにしても、この大きな家に一人で住んでいるのだろうか?


「佐伯さんですね」

 彼女はそう言って、「わざわざお越し頂きありがとうございます」と言った。一般的な社交辞令を終えると、「上がってください」と言われた。

 念のために、俺は「佐伯」という偽名を使っている。芙美子が母親に交際男性として俺の名を出している時のためだ。

 通された応接室は、想像以上に立派なものだった。

 妻の実家が、和風の厳かな建築であるのに対して、ここは西洋風の豪華な家だ。調度類も眩しいくらいの白色で統一されている。このソファーも体が沈み込みそうだ。

 病院にお見舞いに行くことを了承してもらうだけのことで、ずいぶんと事が大きくなったものだ、と思った。

 それにしても、芙美子はこのようなゴージャスな家で生活をしていたのだろうか。 それが大きな疑問だ。こんな家に住んでいれば、自ずと会話にも出てきそうなものだ。

 それとも、芙美子は家のことを敢えて話題にしなかったのだろうか。


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