第131話 死者の想い①
◆死者の想い
霧雨が街灯にキラキラと反射し、幻想的な光景を生み出している夕刻の時間。
芙美子の母親に会う前、彼女の住所を調べてくれた古田と会うことにした。古田から何らかの情報を聞き出すためと、報酬の支払いのためだ。
場所はいつもの喫茶店。店内のBGMがクラッシク音楽の上品な店だ。
古田は、店のマスターやウェイトレスの加藤めぐみとも親しくなっているようだ。仲良くカウンターで談笑していた。
俺が入ってきたのを見ると、テーブル席に移り、コーヒーを改めて頼んだ。
最初は、悪印象だった古田だったが、すっかり常連客のような雰囲気を漂わせている。
「あれから、この店をよく使うんですよ」古田は笑った。
悪印象ではなくても、その身なりはいい物とは言えない。薄汚れたジャケットの中のシャツがよれよれだ。
俺からの報酬を受け取ると古田は機嫌よく鞄に仕舞い込んだ。
古田から渡された封筒の中身、A4の紙には、芙美子の入院先の詳細、母親の住所等がワープロで書き込まれていた。
「市村芙美子の居場所を聞いて驚いたよ。家からすごく近いんだ」とさりげなく言うと、
古田はいつものようにニヤリと笑ってこう言った。
「私が電話をした際、中谷さんは『入院』と聞いて、さほど、驚かれてもいなかったようですな」
古田は続けて、
「それに、どんな理由で入院しているのかも聞かれませんでしたな。病気なのか、事故で入院されているのかも、何も聞かれませんでしたな」と追い詰めるように言った。
まずい・・古田は只の便利な男として扱っていたが、気を抜くと逆手にとられる可能性がある。
まさか、芙美子を洞窟の中に置き去りにしてきた、とか口が裂けても言えない。
「いや、行方不明のようだったから、入院くらいしか考えられなかったんだ」
そんな言い訳しか見つからない。
俺がそう言うと、古田は更にニヤリとイヤらしく笑い、
「まあ、いいでしょう。私も最初はそう思っていましたから」と言った。
「最初は・・」と。
何とか誤魔化すことが出来たのか不安だが、俺は続けて、
「この書類に書いてあるが、芙美子は、外傷のために寝たきりで意識がない状態のようだな」と言った。
あの山で会った老人が言っていた。
「両手が、血だらけだったそうだ」
救助に当たった人がそう言っていたらしい。
「女性の指が異様に長く、その指がことごとく潰れたようになっていたそうだ」とも聞いた。だが、そのような外傷で昏睡状態になるものなのだろうか?
「ええ、そうですよ」古田は頷き、
「医者が言うには、もうとっくに意識を戻してもいいはずだが、何かの要因で戻らない、そう言っています」と説明した。
何かの要因で・・それは何だろう。
「中谷さんは早く芙美子さんにお会いしたいのでしょう?」
「そ、そうだな」
早く会って、芙美子がどんな状態なのか知りたい。その反面、怖いような気もする。
それはこれまでに起きた怪異現象だ。それが芙美子に起因するのなら、近くに行けば、もっと大きな現象が起きるような気もする。
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