第130話 三つ編み③
当の工場長は、自分の状況が理解できないのか、「へっ?」と間の抜けたような声を上げた。
細い指の間に工場長のギョロリとした目が見えている。
何が自分の顔を塞いでいるのか、分からないのだろう。
その顔からタラタラと血が流れている。その血は、自分の頭皮を触りまくった小山田さんのものだ。彼女の頭から肩にかけて血が流れている。出血が止まらないようだ。
その小山田さんの口から「はああああっ」と長い息を吐くような音が漏れた。
だが、この声質・・小山田さんのものではない。
「なんだか、寒いわ・・」
一人の女子が両腕で胸を抱きしめだすと、他の課員も同じように「やだ、どうしてこんなに冷えるの?」と騒ぎ始めた。
寒さに震える女性課員の一人が、「見て、小山田さんの指!」と指した。
「何で、あんなに指が長いの・・」
皆の注目を浴びている小山田さんは、意識せずこのようなことをしているのか、無表情な顔のまま「おっ、おっ、おっ」と断続的な声を上げている。
その声は、さっき聞こえた息を吐くような声とは別だ。別の人物だ。
俺は二つの声を聞きながらある程度のことを理解した。
それは、小山田さんの憤慨と、俺に憑りついている芙美子の思念が同化した、ということだ。
そうとしか考えられない。どうしてそのような現象が起こるのか? それは分からないが、そう仮定すると、立て続けに起こる怪異に説明がつく。
まさしく近藤の時と同じだ。違いがあると言えば、指が、縦か横かの違いだけだ。
近藤の時は、背後から「だあれだ?」と両手で覆われたが、
工場長は、クレーンゲームのアームように真上から掴み込まれている。同じように、長く細い指が皮膚にめり込んでいる。
工場長はようやく自分の身に起きていることを理解したのか、顔を包み込む指を払い退けようと、手を伸ばし指を握った。
だが、その行為は無駄だったようだ。
「あ、熱いっ!」
小山田さんの指・・いや、芙美子の指と工場長の力には圧倒的な力の差があった。
「な、なんだ、これは・・」
指を取り除けない、と言いたいのだろうが、声にならない。長い指が強烈な握力で工場長の顔に食い込みだしたのだ。
指は顔の肉を均等に裁断するように深く入り込んでいく。
「ぶうーっ・・」
工場長が開け放った口から唾液を噴き出した。
「おごっ、おごっほっおおっ」工場長が苦悶の声を上げる。
頭蓋骨の固定化が始まっているのだ。ミシミシと骨がひび割れていくような音がした。
頭蓋骨の締めつけと肉の裁断、その両方が同時に行われる。
このまま見ているだけでは、工場長の頭は破壊される・・
ダメだ・・このままでは、工場長もそうだが、小山田さんの社会的地位が喪失してしまう。小山田さんに全く罪はない。
そう思った時には俺は叫んでいた。
「芙美子、もうやめてくれっ!」
小山田さんの体から出て行ってくれ!
果たして俺の声が小山田さん、もしくは芙美子に届いたのか?
三つ編みのない小山田さんの大きな体がビクンビクンと痙攣するように前後に揺れ始めると、工場長の頭を掴み込んでいた指の力が喪失したのか、だらりと退き下がった。
小山田さんは、立っていることも出来なくなったのか、真後ろにどっと倒れ込んだ。
女性課員が「小山田さん!」と叫ぶのと同時に、
今度は、工場長の「うわあああっ」という大きな声が聞こえた。
「俺の顔に何をしたああっ」と叫びながらふらふらと彷徨うように歩き始めた。
目が血だらけで見えないのだ。だが、その両手は懸命に宙を掴もうとするように動いている。おそらく小山田さんを探しているのだろう。
だがそんな行為は虚しかった。
小山田さんは倒れているし、もし倒れた彼女の姿を探し当てても本人には何のことかわからないだろう。
視界を失った状態で探すのはすぐに限界が来る。工場長は段ボールに躓き、絵に描いたようなこけ方をした。
事態を重く見た経理部長が、すぐに救急車を呼ぶように課員に指示した。
救急車が来るまで、その場には、三つ編みを失い頭から血を流す小山田さん。
そして、裁断された頬の肉から血を流す工場長の木村さんが横たわっていた。
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