第129話 三つ編み②

 声も上げずその状況を見守っていた女性社員たちが、ようやく非難の目を工場長に向けた。

「ひどい!」

 中には顔を覆って小山田さんの状態を正視できない課員もいた。

 総務部長が、「はやく、小山田さんを病院に!」と声を張り上げ、

「警察も呼ぶんだ! 男性社員は、皆で工場長を押さえろ!」と指示した。


 その様子に、工場長は後ずさり、

「わ、私は悪くないぞ!」と声を震わせて言った。

 そして、「そんなことまで知るか。私はただ・・」と言いかけ、その後の言葉が続けられない。状況が自分に不利であることに気づいたのだろう。


「最低!」

 さっき小山田さんが放った言葉を他の女性課員が口ぐちに言い始めた。

「あんなのがうちの会社にいたなんて信じられない!」

「事務の山下さんも可哀相、いいように弄ばれていたのね」

 女性課員は彼を非難し、男性社員は部長の指示通りに捕まえようと詰め寄ってきた。


 工場長の木村さんは、立ち去ることもできず、課員たちを正視することもできずに、俺の方に向き直った。

「お前も見ていたよな」と確認しながら、

「あの女が急に現れて、おかしなことを言い始めるからだ」と叫んだ。

 また俺に「何かを証言しろ!」という訳か。情けない・・こんな男だとは知らなかった。裏の顔にもほどがある。


 そう思った時、

 工場長の顔面が、何かで塞がった。

 顔を塞いでいるのは細い棒のようなものだ。数本の格子のように彼の顔に垂れている。

 いや、棒が垂れているのではなく、細く長い5本の指が、工場長の頭ごと掴み込んでいるのだ。


 それは三つ編みを失った小山田さんの右手だった。

 いや、彼女の手と言うよりも、芙美子の腕を装着した小山田さんの手だ。

 これほど細く長い指は、芙美子以外には考えられない。あの深夜のファミレスで近藤を襲った女の手と同じだ。

 どうして小山田さんの腕が芙美子の手に変容したのかわからないが、あり得ない長さの指が工場長の頭に圧力を加えていることは紛れもない現実だ。

 まるでゲームセンターのクレーンゲームのアームのように、真上から商品の本体をパクッと包み込んでいる。

 だが、頭は商品ではない。

 もし、あの長い指に何かの力が働いているのならば、工場長の頭蓋骨は砕けてしまう。

 

 この不気味な光景は課員たちを驚かせるには十分だった。

「小山田さん、いったい何をしているの?」と女性課員が騒ぎ、

「あれは、本当に小山田くんなのか?」と経理部長が驚きの声を上げる。

 工場長を捕まえようとしていた男性課員たちはこの様子に怯んでしまっている。

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