第127話 整理整頓と点検②

 遅れて総務部の応接室から総務部長が顔を出した。だが、すぐに眉をしかめ自分の席に移動した。

 総務部長、逃げたな・・あとは経理部にまかせるつもりだろう。


 いきり立つ工場長に俺は、

「事務員の山下さんが言っていましたよ。木村さんは規則を簡単に破るような人じゃないって」と言った。一応、彼の心を抑えるつもりの言葉だ。

「そうだよ。私は規則を破ったことがないんだ」

 木村さんは胸を張って言っているが、金の使い込みの噂が本当であれば、その言葉の信憑性は全くない。

「だったら、正直に言えばいいじゃないですか」

「そんな簡単な話じゃないんだ。私が、正直に花田課長に無理強いされたと言っても、課長は病院で意識不明だし、白井という女性社員は憶えていないと言っている。 私の言葉だけでは信用してくれないんだ。だから、中谷が、その場で聞いていたと言ってくれれば助かるんだ」


 山下さんから厚い信頼を寄せられていたのに、そんな作為的なことを命じるなんて・・なんだか山下さんが気の毒になってきた。


「山下さんの信頼を裏切るようなことを言っていいんですか? あの人、事件直後にも必死であなたのことを庇ってくれていたんですよ」

 俺がそう言うと工場長は、ふっと笑うような息を吐き、

「ああ、山下か・・あいつなら、そう言うだろうな」と言った。

 まるで「山下さんは、工場長の言うことなら何でも聞く」と言っているような口ぶりだった。

 ああ、やはりそういう関係だったのか。

 俺は思った・・こんな男の話に耳を傾ける必要などゼロだ。

 この男をあしらおう、そう思った時、


 工場長の背後に、ヌーッと人影が立った。

 工場長の頭の左右に、三つ編みが出ていた。大柄な小山田さんの髪だ。

 気づいた工場長が振り向き、

「なんだ、おまえは!」と乱暴に言った。

 小山田さんの表情は見えないが、工場長に抗議するつもりであることはわかる。

「最低っ!」

 工場長と向き合った小山田さんの声が聞こえた。

 その後、しばらく沈黙が流れた。

 工場長の木村さんは、経理課に来たこともないし、小山田さんの顔も知らない。

 会ったことのない女性に「最低」と言われ、どう返していいかわからないのだろう。


 黙っている工場長に、小山田さんは「さっきから聞いていたら一体なんですかっ、係長に変なことばかり言って」と抗議の声を上げた。

 工場長は「あんた、何が言いたいんだ」と言ったが、その声を無視するように、

「だいたい事故のことを白井さんのせいにしようとしたり、それができないとなると、係長に無理強いをさせるようにしたり、陰では、女遊びに明け暮れ、山下さんに貢がせたりして」

 小山田さんは立て続けにまくし立てた。


 工場は呆気にとられたように「どうしてそのことを」と言った。

 見事に言い当てられたような工場長の顔を見て、小山田さんは噂が真実であることを確信したのか、

「あなたみたいな男、私、大嫌いなんです!」大きな声で小山田さんは主張した。

 だが、工場長はそんな言葉に怯む男ではなかった。

「そんなこと、知ったことかっ、年増女のくせに!」

 工場長は彼女に侮蔑の言葉を投げかけた。

 その言葉が、更に小山田さんの怒りに火を点けることになった。

「年増ですってっ、わっ、私は・・」

 と、小山田さんは言いかけたが言葉を続けられなかった。

 工場長が、更に詰め寄ってくる小山田さんを突き飛ばしたからだ。


「このアマッ、あっちに行けっ!」

 小山田さんは「きゃっ」と小さな声を上げた。そのまま転倒するかと思われたが、つんつんと躓くようにおかしな格好で後退した。

 そして、近くの段ボール箱に足を引っ掛けてしまい、OA機器のコーナーで転倒する格好となった。

 乱雑な物が倒れ、機器がぶつかり合う音の後、どしんと地響きのような音がした。

 気づいた時には、周囲に段ボール箱が積み上げられたOA機器コーナーの中にムッチリした二本の両脚が天井に向けて立っていた。片方の靴が脱げている。

 お尻から倒れ込んだのか、小山田さんのスカートが捲れ上がり、あられもない姿だ。上半身が段ボール箱から溢れた書類に埋もれている。


 そして、その中で異様な音がした。ウインウインと、機械が動こうとしているのに何かが邪魔して動けない、機械の動作が詰まるような音だ。

 同時に小山田さんの「うむむっ」と唸るような声が聞こえた。

 数秒後、機械は詰まった物から解放されたようにバリバリと軽快な音を立て始めた。

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