第126話 整理整頓と点検①
◆整理整頓と点検
そんな井戸端会議の中、いっそう怒りの表情を色濃くしたのは、小山田さんだった。
「許せないですよね。あんな男」
小山田女史の大柄な体躯が、怒りで膨らんだように見えた。まさしく怒り心頭だ。
そう思った時、
「あいつがいるだろ!」と総務の応接室から工場長の大きな声が聞こえた。
「中谷だ!」工場は俺の名を出した。
俺のことだ。
「あいつなら、知っているはずだ。女の子がショベルを運転したいと課長にねだった時、中谷は一緒に会議室にいたんだ。あいつは聞いていたはずだ」
確かにその通りだ。だが、それを俺が証言したとしても、工場長の責任問題とは直接関係がない。
だが、工場長の怒りには弾みがついているらしく、
「中谷は、経理課の席にいるんだろ?」と言い出した。
総務部長は、俺に引き合せても仕方ないと判断しているのだろう。「まあまあ」と制している。
だが、一度火が点き始めると、引っ込みもつかないようだ。
ドアが勢いよくバンッと開き、工場長の木村さんが姿を現した。
その顔は、工場で会った人柄のよさそうな木村さんの顔ではなかった。
かなりやつれている感がある。作業着も乱れ、元々年の割には長かった髪が伸びっ放しだ。白髪も増えている。切る余裕もないのだろう。その髪も多く抜けたのか、地肌が見え隠れしている。
少ない髪がだらりと伸びた様は落ち武者を思い起こさせる。
木村さんは飛び出たような目をギョロギョロと動かして、俺の姿を探した。
すぐに互いの目が合った。
木村さんは、俺の姿を見つけると、俺のデスクに向かってずかずかと歩いてきた。
だが真っ直ぐではない。
応接室から俺のデスクまで、他のデスクや書庫もあるし、大きなコピー機やシュレッターにオフコン等のOA機器が邪魔している。加えて乱雑に積み上げられた段ボール箱がそこら中にある。壁に掲げられた「整理整頓!」の文字は役に立っていないようだ。整理好きの小山田さんが片付けてもすぐに乱雑になる。
その中を縫うように工場長の木村さんがおぼつかない足取りでやってきた。
小山田さんや塩田さんが驚きの顔を見せる。他の課員も「一体、何事だ?」という表情を工場長に向けた。
そんなことは物ともせず、工場長は俺のデスクまでやって来た。
俺が「何ですか?」と言わんばかりに顔を上げると、
「なあ、中谷くん、頼むよ。給料まで減らされては困るんだ。こっちは生活がかかっているんだ」
いきなりそんな話をされてはどう答えていいのか分からない。
「俺にどうしろと言うんですか?」
「中谷くんは、あの日の会話を覚えているだろ? 白井さんが願い出て、花田課長が承諾していたよな?」
俺の有利な方に言うんだ! そんな感じの口調だ。
俺は「けれど、その後、白井さんや花田課長の我儘を承諾してしまったのは、実際には工場長である木村さんでしたよね」と反論した。
俺の言い方が彼に火を点けてしまったのだろう。顔つきが変わった。
木村さんは、らちが明かないと判断したのか、更に詰め寄った。風呂に入っていないのか、かなり臭う。
「花田課長が工場の規則を無視し、私の言葉も無視して、強引に白井さんを乗らせたと言ってくれればいい」
「俺は、木村さんと課長の会話を聞いていないんですよ」
だから、そんな嘘はつけない。
それを聞いていたことにしろ、木村さんはそう言った。
経理課員が聞いていることなどおかまいなしだ。それほど、気が荒れているのだろう。
総務部の連中も全員見ている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます