第125話 責任②
経理課が小山田さんを中心に井戸端会議に花を咲かせている。
「あの工場長、責任転嫁も甚だしいですよね。白井さんに責任を押しつけようとしていますよ」としきりに非難している。
他の社員も「ですよね」と先輩社員である彼女に合わせる。
小山田さんは曲がったことは大嫌いな性格らしい。人間はある程度おかしな所があると思うのだが、それすら小山田さんは許せないようだ。
噂によると、婚期を逃しているのは、その性格のせいもあるらしい。
理由はそればかりではないだろう。小太りな上に背が身長が170㎝という大柄な体型が理由かもしれない。そんな彼女はトレードマークとして常に三つ編みをしている。
小山田さんには申し訳ないが、その髪型は似合っていない。むしろ不気味に映る。
「それに、不倫は絶対にダメですよね」と皆に同調を求めている。その後、「私なんて結婚もしていないのに」とぶつぶつ言っている。
そんな会話の中、塩田さんという女性課員が声を上げた。
塩田さんは眼鏡をかけた噂好きのどことなく狐顔の女性だ。小山田さんとは対照的な体型だ。
彼女は、休憩中でもないのに、スナック菓子をつまみながら、
「私、あの工場のよく知っている人から小耳に挟んだんですけど」
女性社員はみんな彼女が掴んでくる噂話が信憑性が高いことを知っている。すぐに「えっ、塩田さん、何々?」と耳を傾けた。
「あの工場長の木村さん、事務員の山下さんと不倫どころか、彼女に貢がせていたらしいですよ」
ただの不倫ではなかったのか?
「えっ、でも、工場長だって、それなりの収入があるでしょ。そこまでするかしら?」
塩田さんは大きく首を振って、
「ところが、話が大きく違うみたいなんですよ」
塩田さんが工員から聞いた話というのは、木村さんの温厚な人柄とはかけ離れたものだった。
木村さんには工場での顔とは別の裏の顔があるらしい。
彼はひどく女遊びが激しいらしいのだ。
事務員の山下さんとは、不倫は不倫だったが、ただの金づるに過ぎなかった。自分の小遣いを山下さんに出させていた。木村さんはその金を自分の欲望のための遊興費に充てていた。
もちろん、遊興費に使う金はそれだけでは足りない。
更に悪質なのは、本社からの引当金の操作も行っているらしいのだ。つまり使い込みだ。そして、それを隠していたのは山下さんだった。
思えば、あの大事故で、経理の調査が中途半端に終わっていたのが救いだったのか、それともあの程度の調査では、見抜けないようにしていたのか、それは分からない。
これは、あくまでも噂好きの塩田さんの情報だ。
だが、そんな噂が立っている以上、もう一度、工場の立ち入り調査が行われることだろう。事務員の山下さんには気の毒だが、経理係長である俺の耳に入ったからにはそうせざるを得ない。
だが、念のために、
「塩田さん、それって、ただの噂だろ」
塩田さんの話を信じ切っていない俺はそう言った。
「係長、聞いていたんですか?」塩田さんが驚きの顔を見せる。
「さっきから聞こえてるよ」
俺がそう言うと、
「私も信じていなかったんですけど・・」と言って、話の信憑性がかなり高いことを説明した。
つまり、この工場長の金の使い込みは、工場長の不倫相手の山下さん本人が言い出したらしい。
推察するに、嫉妬からくるものかもしれない。
若しくは、山下さんは工場長の女遊びを見るに見かねて、工場長と縁を切った。見放したとも考えられる。
工場長にしたら、山下さんにも裏切られ、会社から厳重注意の上に減給だ。それに加えて山下さんが言い触れ回っているせいで、経理の調査が、使い込みに絞ってなされるかもしれない。
そうなれば工場長は終わりだ。
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