第124話 責任①

◆責任


 出社し、隣の総務部を通りかかると何やら社員がざわついていた。

 総務部と我が経理部は隣り合わせで、間仕切りなく、その様子がよくわかる。

 総務の課員席の藤田さんと目が合うと、彼女は応接室の方に目配せした。

 男の大きな声が聞こえる。それも何度か聞いた声だ。

「お願いだ。あの女性社員に会わせてくれ」

 それは、工場長の木村さんの声だった。応接室の外にまで聞こえてくる。

 相手をしているのは、おそらく総務部長だろう。

 工場長は、あのパワーショベルの件以来、責任をとらされ、減給や謹慎処分をとらされていた。だが、詳しく調べれば、彼には全く落ち度がないことは分かる。


 事件直後は、事件の非難は花田課長に集中していた。

 一方、工場長の木村さんは人望が厚く、工員からも好かれていたようだった。工員たちは、「ヘルメットを被っていなかった課長が悪い」と口を揃えて言っていた。

 だが、時間が経つに連れて、風向きが変わった。

 それに、工場の人達が木村さんを庇っても、本社の人間はそうではなかった。

 経理課員の白井さんがパワーショベルを運転することの許可を出したのは花田経理課長だが、その課長が入院しているので、事情聴取や責任などが工場長にのしかかってきた。

 彼にとっては不本意な流れだろう。

 本社から来た人間にその権利を行使され、おまけにその責任を問われたのでは、たまったものではない。

 工場長が本社に抗議しに来るのも分かる。


「その女の子は、白井というんだろ! 彼女に訊いてくれればわかることなんだ」

 工場長は大声で訴えている。白井さんに訊けば、花田課長が工場長が制止するにも関わらず、白井さんを乗せることを無理強いしたことがわかる。

 だが、白井さんは、あの件以来、まだ休んでいる。

 それに白井さんは、その時の記憶が飛んでいる。何を訊いても分からないと答えている。

 更に工場長にとって分が悪いのは、

 事務員の山下さんとの不倫がばれたことだ。

 その発端は、山下さんが必要以上に工業長を庇い立てしたからだ。様子のおかしいことに気づいた本社の人間が工場内の作業員にそれとなく聞いたらしい。

 二人は公費を使うようなことはしていなかったが、前々からの関係だったらしい。

 つまり、そのようなことをする人間は、このような事態が起こると、その発言に信憑性が失われるということだ。


 自分の席に着いても、隣の経理部から工場長の声が届く。

 経理課員は誰もがみんな辟易したような表情を浮かべ業務に向かっている。

「ああいうのは、相手をしないのが一番だろうな」

 我が経理部長が、課員を代表したように誰ともなく言った。

 対応している総務部長も工場長が気が済むのを待っているのだろう。

 時折、「まあまあ」とか「落ちついて」とか聞こえる。

 総務部長もただでさえ保険屋とのやり取りや、警察の聴取などでうんざりしていたところに工場長がやって来たという格好だ。

 俺の斜め向かいの通路側の席では、

 白井さんと仲の良い小山田さんが「工場長、ほんとに迷惑ですよねえ」と部長の言葉に同意している。

 小山田さんは、黒縁の眼鏡をかけた小太りした年配の女性課員だ。部下の信頼も厚いし、主任という肩書もあるしっかり者だ。

 だが40代の彼女は周囲に結婚に行き遅れたとよく言われている。当の本人も自虐的にそう言うことがある。

 部長も、彼女のいないところで「彼女、定年までここにいるつもりなんじゃないか」と皮肉っぽく言っている。

 小山田さんは優秀だ。仕事でミスをすることがない。これまでゼロだ。

 そんな彼女に俺は白井さんと同様に信頼を置いている。

 信頼する心は相手にも伝わるらしく小山田さんも「係長、係長」と慕ってくる。もちろん恋心などではなく、単なる親しみを込めてだ。

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