第111話 訪問客①

◆訪問客


 遠山さんと別れると、すぐに古田に電話を掛け直すことにした。家に向かいながら古田を呼び出した。それほど気が急いていた。

 芙美子の病室に行くためだ。

 古田によると、芙美子は個室病棟にいるということだ。これも古田からの情報だが、

 現在の芙美子には意識がない・・

 それは、洞窟で発見されてからずっとなのか、それとも最近、そうなったのか、それは古田にも分からないそうだ。

 いずれにせよ、ふらりと病院に行くわけにもいかない。すぐにでもこの足で飛んでいきたいところだが、ここは抑えることにする。

 まずは、芙美子の近親者に連絡をとるのが先だ。

 古田は、「市村芙美子さんには、御兄弟もなく、父親が亡くなっているそうですから、母親の承諾、もしくは同行してもらう方がいいでしょうね」とアドバイスした。

 古田にはそれなりの報酬を払い、彼女の母親の住所も確かめてもらうことにした。

 市村小枝子・・それが芙美子の母親の名前だ。


 その病院は神戸の甲南病院。

 六甲山系の山の中腹にある病院で、かなり古い病院だが、その場所は近い。

 病院に行く前に、芙美子の母親に会うつもりだ。古田は「母親の住所くらいすぐに分かりますよ」と強く言っていた。頼もしい限りだ。身なりは悪いが仕事はきっちりしていそうだ。


 そして、思った。

 古田の情報が確かなもので、本当に俺が付き合っていた市村芙美子という名の女性がその病院に入院しているのなら、

 更に、その女性が洞窟で救助された女性であるのなら、

 これまでの怪異現象は、芙美子の「生霊」のなせる業だ。

 生霊は生き長らえながら、誰かにとり憑いたりする霊だ。

 昔、「源氏物語」で読んだことのある六条御息所という女性がそうだった。

 彼女は自分の心を押し殺しながらも、愛する光源氏が交際する女性にとり憑き、彼女たちを死に追いやったりする。それが生霊というものだと知った。

 源氏物語では、その女性は死後もなお他の女性にとり憑いたりしていた。しかも生霊の場合は無意識であるようだった。

 非科学的な現象だが、芙美子が生きていることが真実であるのなら、信じざるを得ない。

 

 わが家が見えると、何やら普段と様子が違っていた。

 玄関の灯りの下、大人の男が三人ほどいて、その相手をしているのは、妻ではなく、娘の裕美だった。

 俺が「どうした? 裕美!」と声をかけると、男たちが一斉に振り向いた。

 見るからに怪しげな男たちだ。

 一人は小柄で、子分のように二人の後ろに控えている。

 痩せ型の男は、どこかの法律事務所にいるような眼鏡男だ。実際に弁護士かもしれない。

 問題は一番大きな男。見るからにその筋の者だと分かる。

 そんな男たちが、こんな閑静な住宅街、しかもこんな時間に何の用なんだ?

 それに・・どうして妻が出ていない!


 裕美は俺の姿を認めると、

「お父さん!」と呼んだ。親しみを込めた呼び方だ。胸にじんと来るものがある。この数日間で培われた情のようなものを感じた。

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