第101話 「あんたは、知っているんだろう?」①
◆「あんたは、知っているんだろう?」
俺は、いつもの会社近くの喫茶店にいる。
向かいには、古田という男が座って、変な持ち方のスプーンで、珈琲に沈めた角砂糖をかき回している。
まさかこの男にまた会うことになろうとは思っていなかった。
「またお会いするだろうと思っていましたが、中谷さんの方からお呼び立てされるとは思っていませんでしたよ」
古田はジュルジュルと甘い珈琲を啜りながら笑った。
「俺もだよ」
「何か、急な案件のようですな。息が荒いですよ」
俺は、どうもこの男が苦手だ。これまで会ったない人種というのもあるが、むさ苦しく非衛生的な感じがするのも好ましくない。
そもそも古田は、ファミレスで近藤が重症を負って入院した先の院長の知り合いだと言っていた。そして、様々な所用を請け負う便利屋のような仕事をしているとも説明した。
そもそも近藤の死は彼から聞いたのだ。
前回、古田は別れ際に、
「中谷さんは芙美子という名の女性はご存知ですか?」と訊いた。
その時の俺は「知らない」と否定して言葉をかわした。
古田が、芙美子の名前を誰から聞いたのか? 知りたかったが、その時は俺の過去を知られたくなかった。だから、敢えて訊ねなかった。
だが、今は状況が違う。芙美子が生きているかもしれない、という情報を確かなものにしたかったし、その所在地も知りたかった。
古田なら知っているだろう。俺はそう思った。仮に知らなくても、この男なら容易に探し出してくれそうだ。
「古田さん、あんたは、知っているんだろう?」
俺はストレートに訊ねた。
俺の強い問いに古田は顔を上げ、「なんのことですかな?」と言った。
俺らしくもない、名前を言うのを忘れた。古田が指摘した通り、俺の今の感情は昂ぶっている。
「この前に会った時、古田さん、あんたは俺に聞いただろう。芙美子という女を知っているんじゃないか? と」
「ええ、訊きましたよ。決して忘れてはいませんよ」
古田は不気味な笑いを浮かべた。
「どうして知っている?」
俺が強く訊くと、
「その前に、中谷さんが、その芙美子という女性を知っているかどうかを教えていただかないと・・」と返された。
俺は古田の返しに即座に「知っている」と答えた。
すると古田は「ほう」と言って、
「中谷さんは、市村芙美子さんとつき合っておられたんですな」と確定するように言った。
「だから、なぜ知っているんだ!」
古田は俺の怒声に少しもひるまず、
「そもそも、私が市村芙美子さんのことを知るようになったきっかけは、こうですよ」
そう言って情報の出所を説明した。
古田は病院の院長と密接に繋がっている。院長が古田を利用しているのか、又はその逆なのかは分からないが、少なくとも古田が他の人間が知りえないことを掴んでいることは確かなようだ。
そして、入院していた近藤がうわ言のように「芙美子」の名前を繰り返していたことから、院長は古田に近藤の身元や過去を調査するように依頼した。
その結果、出てきたのが、市村芙美子という名前だった。
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