第100話 真夜中の夢

◆真夜中の夢


 その日の夜。ぐったりと疲れ切った俺は夢を見ていた。

 悪夢ではなかった。優しい夢だ。

 幼い日の思い出だ。

 ああ、あれはいつだったのだろう。

 俺は姉と遊んでいた。場所は公園だろうか?

 近くに遊具が並んでいる公園の風景が少ない記憶の中にある。

 心臓の悪かった姉は短い命の中、精一杯勉強もしていたが、それだけではない。

 残された時間を自分の遊びに使うことを余りせず、弟の俺との時間に費やしていた。


「お姉ちゃん、明日も病院に行くん?」

 幼い俺は姉によく訊いた。

 そう訊かれた時の姉は、決まって困った表情を浮かべた。

 そんな姉に俺は続けて、

「病院って、一回行っただけで、治らないものなん?」と訊いた。

 今思えば、俺はただ姉を困らせているだけの存在に思えた。

 俺の素朴な疑問に、「そうやねえ、あと何回行ったら治るんやろうねえ」と答えた。

「お姉ちゃん。病気が治ったら、毎日遊ぼうな」

「うん、治ったら、毎日でも、こうちゃんと遊んであげるよ」

 だが、病気は治ることなく、毎日遊ぶという約束は果たされなかった。


 体の弱い姉は、周囲の人間にからかわれもしていた。

 いわゆる残酷なイジメだ。

 体に致命的な病気があれば、普通であれば同情をし、親切な行動に出る。

 だが、そうでない人間たちも少なくはなかった。

 体育の授業を欠席している姉をからかう人間がいたのだ。一部には暴力をふるった人間もいたらしい。姉が綺麗だったこと、そして、姉が周囲の人間に優しくされていたことにに対するやっかみだったのだろう、と母は言った。

 人の痛みなど理解できない人間が世の中には多くいる。そのことを姉を通じて学んだ。

 そのことを知ったのは、後になってからだ。その話は両親から聞かされた。

 悔しかった。何もできなかった自分を恨んだ。


 そして、その事実を顔に出さなかった姉の強さを思った。

 きっと悔しかったはずだ。

 子供の頃、俺は思った。

「姉を・・俺の姉さんをからかった奴や、暴力をふるった人間を絶対に許さない」

 その言葉が俺の心に刻みつけられ、歳月を経ても消えたりしなかった。


「こうちゃんには、ずっとそばにいてくれる素敵な人が現れるわ」

 よく姉はそう言ったが、当時の俺には姉以上の存在がなかった。俺は姉に駄々をこねて言った。

「お姉ちゃんがいてくれるだけでいい」

 俺の我儘に姉は微笑むだけだった。


 姉の死後、子供心にも思っていた。

「お姉ちゃんは、死んだんじゃない。どこかで僕を見守ってくれている」と。

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