第95話 病院の思い出③

 姉の思い出を引き摺ってはいても、歳月が経つと、人並みに恋をした。

 芙美子の前にもつき合った女は何人かいた。だが、長続きはしなかった。

 その理由はそれぞれだが、

 つき合った女の中の一人に、言われたことがある。

「中谷くんといると、楽しいんだけど」女はそう言って、

 何故か、すまなさそうな顔でこう言った。

「でもね、中谷くんと一緒にいると、誰かに見られているような気がするの」

 誰かに見られている? 

 その時、俺はこんな風に思った。

 姉を強く思う気持ちが、自然と表に出ているのではないか? 

 これでは、女と深くつき合うことなんてできない。これでは、マザコンならぬシスコンだ。

 姉のことは思い出の中に封じ込め、気持ちを新たにしよう。

 そんな時に、紹介されたのが、市村芙美子だった。


「初めまして、中谷くん」芙美子は、軽く頭を下げた。

 芙美子は、春の陽光の中に立っていた。その光を前面に受けた芙美子は、眩しそうにしながらも、俺の顔をしっかりと見た。

 その表情が、俺には何かの希望のように見えた。

 彼女に会う直前までは、タイプの子じゃなかったら、丁重に断ろう。そんなことを考えていた。

 だが、芙美子を初めて見た時、

 友人に紹介された手前、断りにくいとか、義理立てとか、それまでの気持ちが吹っ飛んでしまっていた。

「中谷幸一くん・・私、市村芙美子と言います」

 そう言って、芙美子は静かな微笑を浮かべた。礼儀正しく古風な感じのする子だった。

 ・・そうだった。

 芙美子とは運命の出会いだったのかもしれない。

 その後、俺はすぐに彼女とつき合うことにした。男女のお決まりのステップで関係は進展していった。そして、芙美子は俺の傍に自然といるようになった。


 何かの話の際に芙美子は、

「中谷くん、長い髪が好きなんだね」と言った。

 芙美子には、夭折した姉の話を何度かしている。確かに姉に対する思慕はあったが、それは髪の長さとは関係はない。

 だが、芙美子はその日から、更に髪を伸ばし始めた。ある程度まで伸びると、切ってはいたが、短くすることは決してなかった。

 芙美子が会ったことのない姉の長さに揃えていたのだ。


 そう思った時、芙美子の声が聞こえた気がした。 

「だって、私は・・」

 芙美子が何かを言おうとした瞬間、

「お父さん!」

 不意に裕美に呼ばれた。まるで夢から起こされたようだった。

「おじいちゃんの家族の方が来られたわよ」裕美はそう言った。

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