第94話 病院の思い出②

 その通りだ。ショッピングモールでの不良少女たちの惨事。公園での高坂百合子のこと。教師の黒川の変貌。そして、今日の出来事。いろいろとあり過ぎた。

 そもそも、これらの事は、全て俺が原因だ。裕美は何も悪くない。

 だが、裕美はそんな場面に遭遇することに拒否反応を示している風でもない。

 芙美子は、裕美の中から出て行ってくれたのだろうか?

 それはまだ分からない。

 ただ一つ、言えることは、これらの出来事で、俺と義娘の裕美とは、いろんな面で親しくなれたということだ。裕美の方はそう思っていないかもしれないが、少なくとも俺は思っている。

 これも、芙美子のおかげかもしれない。

 ん? どうして、そこで芙美子のお陰となるんだ?

 俺が裕美と疎遠であることを芙美子が思慮し・・

 いや、考えすぎだ。

 俺は首を強く振り、別の考え・・過去に思いを走らせた。


 こうして病院の長椅子に座っていると、姉の亡くなる日を思いだす。

 あの日、市民病院の廊下の長椅子で、父と二人、時間をやり過ごしていた。

 幼かった俺は、父に詰め寄るように「お姉ちゃん、大丈夫だよね。死んだりしないよね?」と何度も訊いた。

 父は答えようがないのか「ああ、ああ」とうわ言のように繰り返すだけだった。

 父の出す雰囲気に不安を募らせた。


「ずっと僕のそばにいて」という俺の願いに、

 姉はいつも、

「こうちゃんには、ずっとそばにいてくれる素敵な人が現れるわ」と微笑んで応えた。

 だが、その時の俺は優しい姉にいつまでも傍にいて欲しい。ずっと生きていて欲しい。それだけしか考えていなかった。

 入院する前日、姉は俺の手を握り、

「こうちゃん」と小さく呼び、

「ごめんね。こうちゃんの傍にいてあげることが出来なくて」と言った。その頬は涙でぬれていた。

 姉が悪いわけでもないのに、病気が悪いだけなのに、姉は何度も繰り返し謝った。


 姉と遊んだ記憶の中、

「幸一、私ね、お姉ちゃんの役目を全然果たしていないよね。ごめんね」

 そんな言葉も思い起こした。

 あの時、姉にどんな言葉を返したのだろう。

「ずっと、傍にいてくれるだけでいい」と言ったのだろうか。

 姉の記憶は決して薄れることはない。未だに鮮明に心に焼きついたままだ。

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