第92話 老人④
「その子、お気の毒に・・」
老人は過去を振り返るような表情で、
「あの子は、穴から必死で這い上がろうとしたんだろうねえ」と呟くように言って、
「・・その手が、血だらけだったそうだ」
手が血だらけ・・
救出した人が言っていたそうだ。
「最初、血で分からなかったが、その子の指、異様に長かったらしいが、その指がことごとく潰れたようになっていたそうだ」
長い指が潰れていた。
芙美子だ。間違いなく芙美子だ。
そして、老人は、こうも言った。
穴の中は水が溜まってて、そこに長く浸かっていたようだ、と。
水・・
その言葉に、はたと思い当たることがあった。
それは、近藤が入院した病院の関係者である古田が言っていた言葉だ。
古田は、ファミレスで芙美子に憑依され、後日、亡くなった近藤の胃の中には、「水」があった、と言っていた。
しかも、どこの水か分からない、濁った泥のような水があったということだ。
水は芙美子の一部と化しているのか? 近藤の胃の中にあったのは洞窟の泥水なのではないのだろうか?
芙美子が穴に落ちてからどれくらいの時間が経過して、救出されたのか?
だが、生きていたということは、一週間以上経って、ということはないだろう。人間はそこまでの生命力はない。
それにしても、そんな大事を役所の人間は知らなかったのか?
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