第91話 老人③
老人は続けて、「洞窟は、そういう目的で来る若い連中が多いからな」と若者の来訪が迷惑であるかのように言った。
老人は立ち話を続けたいのか、裕美に向かって「それで、どうだった? お嬢ちゃん、怖かったかい?」と訊ねた。
裕美は「全然」と首を振った。
すると、老人は裕美の反応が面白くなかったのか、
「洞窟の奥の方・・祠があって、その向こうに大きな穴があったろう?」と話を切り出した。
その問いにも裕美は「そんな穴はなかったわ」と答えたので、
「じゃあ、あんたたちは、そこまでは行かなかったんだね」と言った。
いや、祠まで行くことは行った。ただ、視覚として封じられていただけだ。
すると、
「あんたら、行かなくて正解だったよ。あそこは危ない」
老人は苦い顔で言った。
俺は、老人のその表情が気になった。
老人の言葉の先が聞きたい。
「あそこで何かあったのか?」
俺が話を促すと、
「数年前のことだがな、若い娘さんが、穴の中に落ちたんじゃよ」
老人は確かにそう言った。女性が穴に落ちた、と。
俺の驚きとは正反対に、裕美が「穴なんてないのに」と関心なさげに言って、「違う場所なんじゃないの」と続けた。
一方、俺の方は胸の高まりを抑えられない。心臓が太鼓を叩くように強く拍動した。
「そ、それで、その娘さんは、その後、どうなったんですか?」
どもりながら老人に詰め寄るように訊くと、老人は俺の形相に怯んだように後ずさった。
そして、一呼吸置くと、
「確か、助かったはずじゃよ」と答えた。
助かった・・助かっただと!
少し曖昧な答え方だが、死にはしなかった・・生きているかもしれない。そういうことだ。芙美子の生存の可能性が出てきた。
俺の心に様々な対立する感情が渦巻き始めた。
驚愕、安堵、恐れ、不信・・そして、
これまでの不明確な事象が何かに収束されていくような感じがした。
山の冷えのせいか、高ぶった心のせいなのか、体がブルブルと震えだした。
横で裕美が「お父さん、さっき言っていた女の人のこと?」と小さく言った。
「ああ」と俺が答えると、
老人は「あんたの知っている人かね?」と訊ねた。
「そうかもしれない・・」俺はそう答えた。
だが、この老人の言葉をそのまま信用していいのか?
それに、老人は現場を見たのか?
その問いに老人は、「わしは、毎日のようにこうやって、山菜を取りに、この辺りを散策しているから、何か大事があったら、すぐにわかるんだよ」と答えた。
だが、その女性が芙美子とは限らない。
芙美子以外にも穴に落ちた人がいるかもしれない。
そう思い込もうとした俺に老人はこう言った。
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