第89話 老人①
◆老人
「裕美、ここを出よう」
裕美は素直に「うん」と頷いた。
もうここに用はない。
元々、ここに来た目的は、芙美子の生死を確認したいがためだった。
芙美子に何かを聞き出そうとすると、芙美子は裕美の体に憑依して語る。すると、裕美がそれに耐えることが出来なくなる。危険だ。
だが、一つ、収穫はある。
芙美子は「私はここにはいない」と言った。その言葉は大きい。
焦点が絞れた。
俺たちは出口に向かった。
「こんな所に来て楽しくなかっただろう?」
俺は裕美にそう言った。「せっかくの休日を潰して悪かったな」
だが、裕美は、「ううん」と首を振って、
「すごく面白かった。こんな所に来たの、初めてだもん」と無邪気に答えた。
確かにそうかもしれないが、あまりいい思いはしていないはずだ。
裕美は続けて、「それに、お父さんって、なんか面白い」と言って、
「さっき、お父さんが言ってた女の人って、お母さんと結婚する前につき合ってた人?」と訊ねた。面白いとは興味深い、という意味なのだろう。
裕美の問いに、俺の口から自然に「ああ」と声が漏れた。
「お父さん、その人のことがすごく好きだったんだね」
「え・・」
いや、そうじゃない。
それほど、好きでもなかったから、俺は、より上の世界に行くためにお前のお母さんと結婚することを選んだんだ。
「きっと、好きだったんだよ」
さっき、俺はその人を突き落としたと言ったじゃないか。
そう説明したはずなのに、
「だって、こんな場所、好きな人とでないと来れないよ」
裕美が冗談で言っているのかどうか分からない。
だが、裕美は話を変えるように、
「どうして、お母さんと結婚したの?」と問うた。
だから、それは・・
その理由は言えない。
自分の人生の為だったとか、お前のお母さんが二度目の結婚で、娘がいるのを知らなかったとか、そんな話を言えるわけがない。
俺が答えあぐねていると、裕美はクスリと笑って、「別に答えなくていいよ」と言ったが、
なぜか、俺には裕美の言葉が、
「お母さんは、お父さんの傍にいる人じゃないよ」と言っているように聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます