第83話 再び洞窟へ①
◆再び洞窟へ
当初、のんびりしたドライブだったが、いつもよりスピードが増した走行になっている。
その様子を見ても、裕美は何も言わない。
俺は脇にいる裕美、いや、その中にいるかもしれない芙美子に声をかけたい衝動に駆られた。
芙美子、そこにいるんだろう?
俺の娘、裕美の中にいるんだろう・・
そう言いたくなるのを抑えた。
山の麓に着くと、洞窟のかなり手前の駐車場に車を入れた。
洞窟の近くにも車を停めるところはあるが、せっかくだから、少しでも歩いて裕美に登山気分を味わってもらうことにした。
「私、ここに来るの、初めてだよね?」
つづら折れの道を歩きながら裕美は言った。
歩いているせいか、裕美の様子も高揚しているように見えた。
「どうして、そんなことを訊く?」
そう言っても返事が返ってこないので、
「少なくとも、俺とは来ていない」と言った。
裕美に宿っている芙美子の記憶のせいでそう感じているのだろうか?
裕美は「なんか、変」と小さく言って、「なんか、ドキドキする」と訴えた。
「気分が悪いのか?」
裕美は首を振って、「そんなんじゃない」と否定し、自分の状態を、
「あの『ひまわり』っていう映画を見ている時のような感じ」と説明した。
映画を見ている時のような感じ? どんな感じなんだろう? と訊ねると、
裕美は「なんだか、泣きそう・・」と言った。
俺は思い返していた。映画「ひまわり」のストーリーと、映画を観終わった後の、芙美子の言った言葉を・・
「ひまわり」の女性主人公は、戦地に赴いた夫の死を信じることができず、外国の地を踏み、探し続ける。
だが、その先で見つけたものは、別の女性と幸せそうに暮らす夫の姿だった。
映画の帰り道、芙美子は、
「私はいなくならないわ」と断言するように言った。
芙美子は、俺の前から姿を消したりはしない、そういうことが言いたかったのだろう。
その後、芙美子は俺の前から姿を消すことになった。俺がそうした。
だが、もし・・もしもだ。
芙美子が何かの方法で洞窟の穴を抜け出し、俺を探したのなら・・
あるいは、洞窟の穴の中で精魂尽き果て、命を落とし、その魂が、俺を見つけたのなら・・
そこで芙美子が見るものは、俺が別の女性と結婚している姿だ。
考えたくないが、
その時の芙美子の気持ちを考えるとたまらなくなった。
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