第82話 風景写真②
裕美はそう言った後、「お父さん。ここでは、どんな用事だったの?」と素朴な疑問を言った。
俺は「さっき言ったように、ちょっとした調べものがあったんだ。別に今日じゃなくてもよかったんだが、ついでだったからな」
だが、その返事は返ってこなかった。
裕美は、俺から目を離し、向かいの壁に吸い寄せられるように見入っていた。
その視線にあるのは、ただのポスターだった。
ポスターにはこの町の振興のことが大きく書かれてある。何でもないポスターだが、裕美の目が釘付けになっているのは、その内容ではない。
俺には分かった。
ポスターのバックにあるのは風景写真。それも、あの洞窟のある山だった。
憶えている。あの山の風景・・
当時、学生だった俺が洞窟への目印に目指した山だ。綺麗な三角形状の山だ。
当然、助手席にいた芙美子も見ている。
やはり、裕美の中には芙美子がいる。あるいは芙美子の記憶を共有している。
そうとしか思えない。
写真を見た時の裕美の反応と表情が、そのことを証明している。
もちろん、裕美が俺と父娘関係になる前、この付近を訪れた可能性もないとは言い切れない。
だがもしそうだとしても、こんな驚きの表情は見せないだろう。
「あのポスター、そんなに気になるか?」
俺が訊ねると、裕美は、
「なんでかな・・なんか懐かしい感じがする」と応えた。
それは、古い洋画「ひまわり」を探し当てた時のような感覚だろうか?
この瞬間、俺は決めた。
「裕美、ちょっと時間はかかるが、あの山に行ってみないか?」
俺は裕美を誘った。洞窟へは、何も山に登る必要はない。洞窟があるのは、その麓だ。
車を停めて、5分ほど歩けば着く。
これは予定外のことだ。当初の予定では、裕美と連れ立って行くつもりはなかった。今のようにどこかで待っていてもらうつもりだった。
俺の誘いに裕美は「いいよ」と言った。そして、「山なんて登るの、小学校以来だもの」と続けた。
なぜか俺の心は高揚していた。
行動を決めるとすぐに俺と裕美は車に向かった。陽はもうすぐ暮れる。
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