第81話 風景写真①

◆風景写真


 途中、何度か、名所旧跡、大きな川や湖に訪れ、父娘の和やかなひと時を過ごした。相変わらず口数の少ない裕美だが、それなりに楽しそうにしている。


 二時間ほど車を運転すると、洞窟のある町に着いた。

 町役場や警察に行く前に、取引先に挨拶をすることにしている。

 と言っても、それは今回の行動のカモフラージュのためだ。妻や裕美には、大事な書類を届けるということにしてある。

 変なドライブだが、裕美は文句も言わずにつき合ってくれている。


「次に行く場所は、面白くも何ともないから、車の中で待つか、一階の待合所で待つように言った。

「これでドライブはおしまいじゃなかったの?」

「ドライブはこれで終わりだが、ちょっと調べものがあってな」

 確かに調べものだ。そんなに昔のことではない。

 最初は警察に行こうと思っていた。だが、それでは捜索願いになってしまう、そう思った。捜索願であれば、相手の情報をこと細かく伝えなければならないし、こちらの情報も言わねばならない。それではダメだ。俺の立場は加害者なのだから。


 役場の総合案内で尋ね、二階に上がり、それと思われる課を何か所か訪ねた。

 あくまでも捜索して欲しいのではなく、あの立ち入り禁止になっている洞窟で、事件めいたものが無かったか? あるいは、誰かが穴に落ち、救助されたことがなかったか?

 俺は、興味本位で取材でもするような姿勢で訊いたが、

 担当の若い課員が、不審者でも見るように俺を見ているのがわかった。

 そもそも、あの立ち入り禁止になっている洞窟は、役場の担当外であるかのような口ぶりだった。

 その結果、救助や行方不明者の情報もない。そして、死者のことも。

「あんな洞窟、奥まで入る人間なんていませんよ」

 若い課員は断定するように言った。

 それに対して俺は「若い人の間では、肝試し代わりに洞窟に入るのが流行っていたようだが」と言い返した。

 すると、若い男は「おたく、洞窟マニアか何かですか?」と言って、侮蔑するような眼差しを向けた。

 徒労だ。男の顔を見ながら改めてそう思った。

わざわざ足を運んだのにも関わらず、何も情報はなかった。


 だが、すぐにそこを去るのもためらわれ、二階の通路のベンチにどかっと腰を掛け、とりあえず気分を落ち着けることにした。

 わざわざここに来たのは、ネットの情報が当てにならないと思ったからだ。俺の経験では、ネットのデジタルな情報より、人づての話の方が確かな場合がある。 

 それに、事件的にネットに載るような大そうなものではなかったかもしれない。

 ゆえに、まだ諦めたわけではない。さっきの課員は若かった。この町のことをあまり知らないのかもしれない。

 かといって、わざわざ年季の入っている担当の人間を探すのも苦労しそうだ。

 こうなったら、外から役場に電話して詳しそうな人間を呼び出してみるか?


 そう決めて立ち上がろうとした時、

「お父さん!」と呼ぶ少女の声が聞こえた。

 裕美だった。

 通路の向こうから裕美が足早にやってきた。階下のロビーで待っているだけでは退屈だったのだろう。

「悪かったな、退屈だっただろう」

 そう言って腰を上げようとすると、裕美は俺の横にちょこんと座った。

 そして、「ここで待ってればよかったわ」と言った。

 裕美が言うには、下のロビーは人が多く騒がしくて居辛いらしかった。それに好奇の目で見られるのもイヤだったらしい。まだここの暗い廊下の方がましだったようだ。

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