第80話 娘とドライブ③
「私は、お父さんとこの映画を見に行ったことがある・・そう思い込むようになったの」
実際には経験していないことを、自分の体験のように当てはめてしまう現象。そんな話を聞いたことがある。一種の記憶補完のようなものだろうか。
だが、これも普通の人間のケースではないのだろう。
その確証のように、
「頭の中に、もう一人の私がいるみたい・・」と裕美は言った。
「裕美のもう一人・・?」と俺が復唱すると、
「うん、私のもう一人」と裕美が強く応えた。
どれだけ、俺が言いたかったか・・それは、もう一人の私ではなく、市村芙美子という女性、俺が過去につき合っていた女だと、どれだけ打ち明けたかったことか。
しかし、今は、今の段階では言えない。
おそらく、俺は父親としては失格なのだろう。現実に親としてなすべきことは一切していないし、裕美の悩みにも応えることはできない。それに大きな秘密を抱えている。交際していた女性を洞窟に置き去りにしたという秘密を。
しかし、俺の中に変な衝動が沸き起こってくるのを感じていた。
それは、裕美に何もかもぶちまけたい、という衝動だ。言ってスッキリしたい、その理由もあるが、裕美に言ってしまえば、何か大きな変化があるような気がした。
だが、現実的ではない。裕美に明かすということは、同時に妻にも言うということと同じだ。
俺は会話の冒頭に戻り、
「それで、何がごめんなさい・・なんだ?」と言った。
裕美は少し照れたように、
「だって、悪いじゃん」と前置きして「私のお父さんなのに、いつまでも知らんぷりして、ほったらかしにしてたら」と冗談ぽく言った。
「ほったらかし、ってなんだよ、それ」俺は笑った。
少しが空気が和み、二人の距離が少し縮まった気がした。
ついでに、クラスの事情や、ネットの不気味なことも訊きたかったが、今は余り詰め込まないでおくことにした。
父娘の時間はまだある。まだまだこれからだ。
そして、俺がもし裕美に父親らしいことをしてやれることがあるとすれば、
俺ならできるかもしれないこと・・それは、
裕美の中に宿っている芙美子を除去することだ。
これまでの経験から、それはできる・・そう確信している。
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