第79話 娘とドライブ②

 裕美は女性用のランチを頼み、俺はありふれた日替わり定食を頼んだ。

 学生時代、芙美子は何でも食べた。太る時には、カロリーの高いものを好んで食べた。

 だが、痩せる時にはほとんど食べなかった。「ごめんね、中谷くん」と言いながら俺が食べているのを申し訳なさそうに眺めていた。

 だが、裕美は普通に食べている。当たり前だが、それが新鮮に映る。

「どうしたの、お父さん。私をじっと見たりして」

 ふいに裕美に訊ねられた。気がつくと、ぼんやり裕美の食事に見入っていたようだ。

 俺は、「すまん。考え事をしていたんだ」と弁解した。まさか、芙美子のことを考えていたとは言えない。

 賑わうレストランの中、お互いの会話が聞き取りにくいが、何とか会話を成立させた。

 

 その喧騒の中、突然、

「ねえ、私の話・・聞く気ある?」

 裕美が真剣な眼差しで言った。

 その意味ありげな瞳に、「ああ、何でも聞くよ」と応えると、裕美は食事を素早く終え、改めて俺に向き直った。

「・・ごめんなさい」

 裕美はそう言って小さく「お父さん」と続けた。

 俺は、「何を謝られているのか、さっぱり分からない」と返した。

「私、お父さんのこと、すごくイヤだったの」

 ストレートな言葉に俺は返す言葉を失った。

 だが、裕美はおかまいなしに、「お母さんが再婚を決めた時、私は賛成はしなかったわ。それでもお母さんには、ちゃんと『お父さん』と呼びなさい、そう言われたわ。すごく苦痛だった」と話を始めた。

 俺は苦笑いをした。裕美は娘なりに母親に抵抗したようだ。

「いやだったんだな」

 やっと出した俺の声に、

「イヤに決まってるじゃん」裕美は子供らしい口調で強く答えた。

 大人びた口調と子供っぽいところが同居したような話し方だ。


 その後、「でもね」と小さく言った。

「最近、変なの・・」

 裕美の表情は俺に何かを訴えているかのようだった。

「変?」

「別に、病院とかに行くようなことでもないんだけど」

 病院という言葉に裕美の悩みの真剣さを感じた。

「おかしな夢を見るようになったの」

 裕美はその変な夢を見るようになってから、お父さんのことがそれほどイヤでもなくなった、と言った。


「おかしな夢とは、どんな夢だ?」

 俺の問いに裕美はその夢について語り始めた。

「前に私が、古い映画のDVDを見ていたことがあったでしょ」

「ああ、今となっては古すぎる映画・・『ひまわり』だ。ちゃんと憶えているよ」

 あんな奇異な出来事を忘れるわけがない。

「あの映画もね、夢の中で出てきたの。見たことがない映画だし、当然、題名も知らなかったわ」

「題名も知らない映画をよく借りることができたな」

 俺が淡々と言うと、裕美はコクリと頷いて、

「夢の中で、私、レンタル店にいるの。そして、並べられたDVDの背を見ているの。そこまでは、いつもの夢というか、何でもない夢だったわ。でも洋画のコーナーまで歩いていくと、『ひまわり』の文字に目が留まったの」

「ずいぶんとリアルな夢だな」

 そう答えたが、分からないでもない。俺も本屋の書架を眺める夢を見たことがある。そして、読んだことのない本の名前に行き当たったこともある。だが、裕美の夢はそれとは一線を画しているように思える。

 その夢を見て、裕美はDVDを借りに行ったという訳だった。夢を確かめるように。

「裕美は、全くその題名に心当たりがなかったんだな」

「ないわ」

 裕美は強く答えたが、小さく「でも、なんだか懐かしい感じがした。暖かいというか」と続けた。

 懐かしい感じ?


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