第77話 裕美の言葉③
黒川は、状況が自分に不利なことを認め始めると、今度は、
「あ、あの・・中谷さん・・このことは・・」と話を切り出した。
俺の口を封じ込めるつもりだ。
「ああ、私、保護者の方になんて言って説明したらいいのか・・」
口はしどろもどろだが、もう守りに入っている。聞くに耐えない。
すると、裕美が、事情を説明するように、
「高坂さんのご両親・・お偉いさんだから」と言った。子供ながら裕美は、大人の教師を憐れんでいるようにも見えた。
すると、黒川は今度は裕美に向かって、
「ちょっと。中谷さん・・あなたからもお父さんに言ってちょうだいっ!」と叱咤するように言った。何とか話を合わせて、第三者にも「先生は何もしていない」と裕美に言わせるつもりだ。
理不尽で救いがない女だ。
「あの先生、私、嫌いよ」と言った裕美の言葉がよくわかる。
こんな女・・
その時だ。
俺たちに、大きな光が当てられた。
眩しい!
その光は、警官のものだった。近所の人の通報があったのだろうか?
警官は一人だ。「あんたたち、ここで何をしているんですか?」と切り出した。やはり、通報があったようだ。
警官は素早く現状を把握しようと努めた。気を失って倒れている高坂百合子、そして、ふくらはぎの損傷。
彼女を傷つけたのは誰か? 黒川は逃れようがない。
俺と裕美は、黒川を指した。警官は黒川を問い質した。言葉を並べ立て悪あがきをする彼女に圧倒的に不利なのは、手に付いた血だ。
警官は、素早く救急車の手配をすると黒川に、
「あんた、悪いが、近くの交番まで来てくれないか?」と強く言った。
「そんなっ、私は教師なのに・・」黒川は絶句した。
申し訳ないが、黒川に教師を名乗る資格はない。そう思う。
俺と裕美は詳しく事情を訊かれた。その間に、救急車が来たが、高坂百合子の足を見た隊員は「これは、ひどい」と言った。別の隊員は「どうしたら、こんなに深く傷つくのか?」と疑問を投げかけた。
隊員たちが救急活動をしていると、
「げえっほおおおっ」と教師の黒川が再び激しく咳き込み出した。何かの症状がまだ完治していなかったかのようだ。
あまりにもひどい咳き込み方に救急隊員が、
「あんた、どうした!」と訊いた。
「の、のどの・・中に・・何かがいる・・」
そう訴える黒川の言葉を隊員たちは信用しなかった。誰もそんな症状は知らないからだ。
加えて彼女は加害者ということになっている。言い逃れの手段にもとられた。
警官はそんな黒川を力づくでパトカーに押し込んだ。
ようやく、公園から解放された俺と裕美は、少し語らうことになった。イジメのこともあるし、あの教師のこともあった。
帰路につくと、すぐに、わが家の灯りが見えてきた。少しホッとする。俺も娘も帰りが遅くなった。携帯で伝えたが、やはり妻は心配していることだろう。
だが、玄関の灯りを見ながら、裕美は小さく言った。
「お母さん、浮気しているかも・・」
聞き取れないくらいの声だったが、それはハッキリと俺の耳に届いた。しかも裕美は俺の顔を見ながら言った。
訊き返せなかった。その時は、もう家の敷居を跨いでいたからだ。
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