第76話 裕美の言葉②

 その様子を見ながら、裕美は、

「高坂さん・・あんなに私のことを、恨んでいたのね」

 裕美は、そう言ったが、裕美に落ち度はない。悪いのは高坂百合子だし、この状況では担任の黒川も悪い。

 そのこともあるが、この惨状を目の当たりにして、それほど動じていないように見えるのは、どう考えても不自然だ。裕美の年齢なら、目を覆いたくなるような光景だし、高坂百合子のことは精神的にも辛いことだろう。

 だが、意外と裕美の様子は淡々としているし、口数も少ない。

・・誰かが裕美の心をしっかりと支えている。俺はそう思った。

 それは芙美子なのだろうか?


 裕美の数々の奇行や言動・・遙か昔の映画「ひまわり」のDVDを見たり、芙美子が愛飲していたシナモンティーを飲んだり、ショッピングモールで不敵な様子を見せ「中谷くん」と俺を呼んだり、

 それは、やはり・・


 俺が思考を巡らせていると、

「こっ、これはどういうことなんですか!」

 闇の中に素っ頓狂な声、それは教師の黒川だった。黒川は起き上って、自分の置かれている状況が理解できないという顔をしている。

 それに、仰向けに倒れている高坂百合子の姿、そして、惨たらしい両脚。

 驚かない方がどうかしている。

 だが、俺の驚きは、黒川の両手が元の状態に戻っていることだ。やはり、俺の呼びかけが芙美子に通じたのだろうか?


 黒川は、俺と裕美の顔を交互に見ながら、

「なっ、何があったんです?」と訊いた。「私が何かをしたんですか?」と訊かんばかりに強く言った。声がガサガサしていない。これが本来の黒川教師の声だろう。

 すると、裕美が、

「それは黒川先生が、高坂さんの足を握って・・」と一連の流れを説明した。

 言われた黒川は暫く考え込んだ後、

「わ、私が、そ、そんな大それたことをするわけがないでしょ!」

 教師である私がそんなことをするはずがない。教師の黒川はそう弁明した。


 だが、その両手の指には、高坂百合子の血が残っている。

 それを見た黒川は何かを思い出したように、「あわわっ」と言って、

「さっき、私の指が・・私の指が伸びて・・」

 うわ言のように黒川は「ゆびっ・・指・・」と繰り返したかと思うと、今度は頭を抱え込んだ。

 そして、顔を上げたかと思うと、今度は俺に、

「そっ、それだけで、私がちょっと握っただけで、高坂さんの足が、こんなことになるわけがないでしょ!」と言った。

 そう言われても事実を曲げるわけにはいかない。

 芙美子の憑依のことは第三者には理解できない。説明しても無駄だろう。だから、第三者がこの惨状を見たのなら加害者は明らかに、この教師だ。他には誰もいないのだ。

 そして、この女の最大の問題点は、倒れている高坂百合子、自分の生徒のことを気遣わないことだ。

 裕美が、高坂百合子の傍らに寄り添い、声をかけているのが全く目に入っていないようだ。早く救急車を呼んで手当をしてあげないといけない。

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