第73話 嘘②

 知っている人間がいるとすれば、それを陰で操っていた人間しかいない。

 

 俺は裕美に向き直って、「裕美は、知っていたのか? 誰が、裕美のことを中傷していたのかを?」

 ネットは顔が見えない。およそ誰が中傷しているかが分かっても断定できるものはない。

 だが、高坂百合子は、的確に言った。

 まるで、あのネットの住民を全て掌握しているかの如く言った。

 違和感の正体はそれだった。


 俺に指摘された高坂百合子の表情が歪んだように見えた。

 同時に裕美の顔に笑みが浮かんだ。まるで俺が気づいたことを喜ぶように。


 裕美は、「全員の名前までは知らない」と俺の推論を裏付けるように言った。

 更に裕美は、「さっき、高坂さんは、隣のクラスの子の名前まで言ったわ。そんなの分かるわけがない」とも付け加えた。

「裕美!」

 高坂百合子は怒鳴った。

 俺は確信した。

 あのショッピングモールの三人の少女も、目の前の美少女が陰で指示をしていたのではないだろうか?

 黒川先生が、「高坂百合子が何かを知っているのでは?」と言って追いかけてきたのは、ある意味正しかった。


 そして、俺は思った。裕美が、知らないはずがない。

 裕美は、高坂百合子の正体を知っている。

「友達がいる・・」と俺に言っていたのは、俺に何かを言いたかったのかもしれない。

 すると、ネットの中に潜むようにいた得体の知らない人物の書き込みは一体誰だったのか?

 更に俺には大きな疑問がある。

 裕美に対するイジメの原因だ。その根本的な原因はどこにあるのか? それは裕美に起因するものなのか? それとも、裕美の感知しないところにあるのか?

 理由もなしに、あれほどのイジメがあるとは思えなかった。


 黒川先生が体を揺らしながら動きだした。

 こうして話している最中にも、芙美子が操る黒川は何かをしようと目論んでいるのか?

 だが、俺は、この教師の行動を阻止しなければならない。

 それは裕美の父親である俺の役目だ。


 高坂百合子は、動かない裕美を掴んでいた手を離し、自分だけ、この場を立ち去ろうとした。

 その瞬間・・

 ゆらりと動いていた黒川は、何かにつまづくように、高坂百合子の方へ、どーっと勢いよく倒れ込んだ。

「いやああああっ」

 闇の中、高坂百合子の細い声が響き渡った。

 高坂百合子は叫んだ後、「熱いわっ!」と訴えている。

 彼女の足元を見ると、黒川の長い指が、高坂百合子の細い足首を掴んでいた。

体を動かせない彼女は、「何するのよっ、離してっ!」と言わんばかりに身をよじっている。

 

「いやああっ、熱いいいっ!」

 高坂百合子は叫び続けた。「焼けるううっ!」

 逃げようとしても、細い足首からふくらはぎにかけて、蟹のような長い指ががっしりと絡み付き、動かせない。

 その場に尻をついた高坂百合子は、必死の思いで足に手を伸ばし、引き剥がそうとした。

 それは無理だった。

「熱いいいっ」

 黒川先生の指を掴むや否や、そう叫んだ。次に焦げ臭い匂いがした。


 すると、裕美が目を覚ましたように「高坂さん!」と言った。

 まるで、自我を取り戻したかのように見えた。

 裕美は高坂百合子の現状に驚いた後、俺を見た。

 それは、間違いなく父親を見る目だった。

 俺は、その目に言った。

「俺が何とかする・・」

 裕美が頷いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る